双蝶々曲輪日記とは?歌舞伎演目の「引窓」と「角力場」のあらすじ解説!
双蝶々曲輪日記とは関西・上方歌舞伎の世話物の演目で、複雑な義理人情の物語で人気があります。
全九段と長編ですが、この記事ではよく上演される「角力場」と「引窓」について、あらすじや見どころ、登場人物と相関図、上演情報などを、初めて見る方にもできるだけわかりやすく解説するので、ぜひ観劇の参考にしてくださいね。
目 次
双蝶々曲輪日記は複雑な義理人情の物語
双蝶々曲輪日記は、歌舞伎の三大名作を書いた三人の作者(竹田出雲、三好松洛、並木千柳)による合作の世話物の演目です。
人形浄瑠璃として寛延2年(1749年)7月、大坂の竹本座で初演されましたが、そのときはそれほど人気はありませんでした。
ところが、翌月に歌舞伎として京都嵐三右衛門座で上演されると、たいへん評判が良く人気の舞台になります。
しかし、なぜかその後しばらくは上演されることもなく、明治になってから初代中村雁治郎が「引窓」を単独上演したのが好評を得たのをきっかけに、数多く上演されることになるのです。
全部で九段もある芝居ですが、二段目の「角力場」と八段目の「引窓」がそれぞれ独立して上演されることがほとんどでした。
近年では、三段目「井筒屋」、四段目「米屋」、五段目「難波裏」も復活上演されています。
実在の力士をモデルにして男の意地と喧嘩模様を描いてヒットした「角力場」は、当時の庶民がいかに相撲を愛していたのかも伝わってきます。
「引窓」では家族の複雑な関係と、お互いを思いやる人情の深さが心にしみる物語になっています。
双蝶々曲輪日記の登場人物とあらすじ
ここでは、実際に上演されることが多い、「角力場」と「引窓」の登場人物と相関図、あらすじを紹介します。
角力場(すもうば)
【登場人物】
濡髪長五郎 |
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大坂随一の人気力士。どっしりとした風格と威厳を持ち、今場所も7日目まで黒星なしで勝ち進んでいる。右の頬に父親ゆずりの大きなホクロがある。 |
与五郎 |
濡髪を贔屓にしている山崎屋の若旦那。遊女・吾妻と恋仲で、近いうちに身請けしようとしている。 |
吾妻 |
藤屋の遊女。与五郎と恋仲で身請けされることを待ち望む。 |
放駒長吉 |
武家のお抱えの素人力士。元は米屋の息子で力はあるが、若さゆえの荒々しさも目立ち、相撲の実力はまだまだ。 |
平岡郷左衛門 |
放駒を抱える武家の侍。吾妻を身請けしようと狙っている。 |
三原有右衛門 |
平岡の仲間の侍。 |
茶亭金平 |
角力小屋の前にある茶屋の主人。濡髪のファンだと言って与五郎を喜ばせ、いろいろ手土産をせしめる。 |
【あらすじ】
大坂堀江にある角力小屋の前は大入りの人出で賑わっています。その理由は、本日の結びの取り組みで、全勝中の人気力士・濡髪長五郎に、素人力士の放駒長吉が挑む取り組みをぜひとも見ようと集まっているのです。
そこへ通りがかったのは藤屋の遊女・吾妻。彼女は濡髪を贔屓にしている山崎屋の若旦那・与五郎と恋仲であり、ひと目会いたいと思っていますが、角力小屋には女は入れないという決まりがあるので、終わるのを待つことにしてその場を後にします。
そして、ついに濡髪と放駒の大一番が始まります。小屋の外には中に入れない人が、なんとか見ようと隙間から覗いたり聞き耳を立てていると、なんと行司が放駒の勝ちを宣言する声が響き渡るのです。
予想外の大番狂わせに、人々は興奮冷めやらぬ様子で家路につきます。そして、取り組みを終えたばかりの放駒が喜びを隠せない様子で現れ、贔屓の侍・平岡郷左衛門たちは放駒の快挙を褒め讃えます。
さらに平岡は放駒に、与五郎と恋仲の吾妻を廓から身請けできるように取り計らってくれと頼むのです。
放駒は最初はとんでもないと断りますが、平岡たちに与五郎の贔屓にしている濡髪に勝ったことで持ち上げられると、いい気になって引き受けてしまいます。
放駒と平岡たちが立ち去ると、角力小屋から与五郎が出てきます。与五郎は平岡たちの話を聞いていながらも、力がないので何もできないことを悔しがります。
そして濡髪が出てくると、与五郎は吾妻の身請けを平岡たちに横取りされそうだと嘆き悲しむのです。
すると濡髪は、茶屋の主人にもう一度放駒を呼び戻してくれと頼み、吾妻のことは自分に任せておけと与五郎を安心させて人払いをし、放駒を一人待ちます。
再び角力小屋の前に戻ってきた放駒に、濡髪は吾妻の身請けをあきらめるように平岡を説得してくれるように頼み、なんとそのために今日の一番はわざと勝ちを譲ったと言うのです。
しかし、これを聞いた放駒は、そんなインチキで物事を頼むとは何事だと怒り出し、濡髪がなんと言っても聞く耳をもちません。
すると濡髪も、男がこれほど頼んでも聞けないのかとついに怒り出し、二人とも立ち上がり一触即発のにらみ合いになったまま幕となります。
引窓(ひきまど)
【登場人物】
濡髪長五郎 |
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江戸随一の人気力士だったが、贔屓の若旦那・与五郎のために平岡郷左衛門と三原有右衛門を殺してしまい、実の母に会うため実家のある八幡の里に逃げてきた。右の頬に父親ゆずりの大きなホクロがある。 |
南与兵衛 |
濡髪の母・お幸が再婚した相手(南方十字兵衛)の息子。父親を継いで郡代官(地元の警察)になる。濡髪にとっては義兄弟にあたる。 |
お幸 |
濡髪の実母で与兵衛の義理の母。濡髪を小さいときに里子に出した。 |
お早 |
与兵衛の妻。元は吾妻と同じ廓の遊女だった。かつて長五郎とは廓で会ったことがある。 |
平岡丹平 |
長五郎に殺された平岡郷左衛門の兄。長五郎を追っている。 |
三原伝造 |
長五郎に殺された三原有右衛門の弟。平岡とともに長五郎を追う。 |
【あらすじ】
京都に近い八幡の里の南与兵衛の家では、妻のお早と姑のお幸が、放生会(捕らえた生き物を放して殺生を戒める仏教儀式)の準備をしながら、郷代官に任命された与兵衛の帰りを待ちわびていました。
そこへ人目を忍ぶように、お幸の実子である濡髪長五郎が訪ねてきます。お幸は長五郎の突然の訪問を喜び、事情を知らないお早にも実の息子であることを説明し、共に再会を喜びます。
長五郎だけはなんとも浮かない顔をしていますが、とりあえず夕食ができるまで待つことになり、二階へと上がります。
やがて帰ってきた与兵衛は、二人に嬉しそうに郷代官に任命されたことと、名前を父の名である「南方十字兵衛」へと改めることになったと報告し、お早とお幸もその立派な姿を見てたいそう喜び、一家は幸せな雰囲気に包まれました。
ところが、急に与兵衛は大事な用があるからと言って二人に奥に引っ込んでいるように言うと、外に待たせていた二人の役人(平岡と三原)を招き入れます。その二人は殺人の罪を犯した濡髪長五郎を追っているので、与兵衛にも協力してくれと言うのです。
これを聞いていたお早とお幸は動揺し、何も知らない与兵衛が長五郎を捕らえるのをやめさせようと、ああだこうだと理屈をつけて説得しようとしますが与兵衛は納得しません。
妻と母の様子を与兵衛が不審に思っていると、二階に人の気配を感じて、庭の手水鉢の水面を覗くと、そこには長五郎の姿が・・・。
お早がとっさに引窓(明かり取りの天窓)のヒモを引いて閉め、部屋を暗くして見えないようにします。
「何をする」と言う与兵衛にお早は「日暮れになると雨が降ってくるので・・」と言い訳します。すると今度は「日が暮れたら役人としてお尋ね者を捕らえなければ」と言うので、「あれ、まだ日が高い・・・」と言って再び引窓を開けるのです。
さらにお幸が急に、「長五郎の人相書きを売って欲しい」と言い出しました。
お幸とお早の、何かを隠そうとする様子から与兵衛はすべてを察します。
お幸に対して、「大坂へ養子に出した息子は元気にしていますか?」と言って人相書きを渡すと、「日が高いうちは私の役目ではない」と、里の抜け道を長五郎に聞こえるように話して外へ出て行きました。
二階から降りてきた長五郎は、与兵衛の心遣いが申し訳なく、自ら捕まりたいと言いますが、お幸が涙を流して逃げるように説得するのを聞き入れます。
お幸は長五郎の人相を変えるために、前髪を剃り落とし、右頬のほくろも剃り落とそうとしますが、父親ゆずりのホクロがどうしても剃り落とせません。
その様子を外で見ていた与兵衛が、なんと路銀(旅費)を投げつけてホクロを落とすのです。
そこまでしてくれる与兵衛のために、やはり縄をかけてほしいと長五郎が訴えるので、お幸は泣く泣く引窓のヒモを使って長五郎を縛ります。そして、「濡髪の長五郎を召し捕った〜」と、外の与兵衛に聞こえるように叫びます。
その声を聞いて戻ってきた与兵衛は、長五郎を縛っている引窓のヒモを切ります。すると、月明かりが射し込み部屋の中が明るくなりました。
それを見た与兵衛は、「夜が明けたので、今日は放生会の日になった。生き物を野に放して殺生を戒める日なので、長五郎も勝手に逃げるがよい」と言うのです。
義理の兄である与兵衛の恩に感謝しながら、長五郎が去っていくところで幕となります。
物語の見どころ
角力場では、実力も貫禄もある関取・濡髪と、若さゆえの素直さと愛嬌が魅力の放駒という対照的な二人の力士が主人公です。
自分を贔屓にしてくれる若旦那への義理のためにあえて放駒に負けてやる濡髪と、真剣勝負に手心を加えられたことへの怒りが抑えられない真っ直ぐな放駒。
お互いの意地と義理人情が激しくぶつかり合って一歩もひかないところが大きな見どころです。
引窓は、そのタイトルにあるように明かり取りの「引窓」が芝居中でどう使われるかがポイントになります。
昔は照明がなかったので、室内の明るさを調節するために天井にヒモを引いて開閉する明かり窓をつけました。
長五郎が与兵衛に見つかりそうになると、お早が慌てて引窓を閉め、与兵衛が「暗くなれば自分の役目」と言うと、今度は引窓を開けてまだ日が高いと言いますが、引窓の開け閉めで長五郎の運命が左右されるという見せ場になります。
そしてさらに大きな見せ場が、長五郎を縛った引窓を与兵衛が切って逃がす場面です。
逃げてほしいという母親の願いと与兵衛への義理を通してあえて捕まろうとする長五郎の心。
与兵衛はこれに応えるために、「夜が明けたので自分の役人としての役目も終わり、放生会の日なので捕まえた長五郎も逃がす」と言い、ここでも引窓の開け閉めが効果的に使われています。
家族それぞれがお互いを思う様子は、芝居が進んでいくにつれて、ますます深く観る者の心に染み渡ってくるのです。
「双蝶々曲輪日記」タイトルの意味と由来
歌舞伎の本外題(正式名称)には読み方や意味がわかりにくいものが多くあります。双蝶々曲輪日記の場合は、主人公の二人の名前(濡髪長五郎、放駒長吉)に「長」がついているのを重ねて「長々」と読ませて「蝶々」にかけています。
曲輪とは「廓」とも書き、遊郭を表しています。「角力場」に登場する吾妻と「引窓」に登場するお早が遊女であることからつけられました。
すなわち、双蝶々曲輪日記とは、二人の長(長五郎、長吉)がつく主人公が登場することと、廓が関係する物語、ということを表すタイトルなのです。
また、濡髪長五郎のモデルは、享保のころに活躍した力士「荒石長五郎」だと言われています。
彼は、「濡れた紙には刃が効かない」という迷信を信じて、額に濡れた紙を当てて喧嘩していたという噂があり、そこから「濡髪」というしこ名ができたとも言われています。
「双蝶々曲輪日記」の上演情報
双蝶々曲輪日記の上演情報を紹介します。
2024年10月 巡業公演
2024年10月の巡業公演「令和6年度 全国公立文化施設協会主催 松竹大歌舞伎」で「双蝶々曲輪日記 引窓」が上演されます。
まとめ:心にしみる人間ドラマを堪能しよう
歌舞伎世話物の演目「双蝶々曲輪日記」の中で、人気があってよく上演される「角力場」と「引窓」について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか?
「角力場」では二人の力士がお互いの義理と意地をかけてぶつかり合う姿が描かれています。
「引窓」は、家族同士が対立する立場を超えてお互いを思い合う複雑な人間ドラマが心に沁みる物語です。
歌舞伎ならではの人情味あふれる芝居を、ぜひ一度劇場でご覧になってくださいね。