中村勘三郎家の家系図はこれ!名門中村屋の勘九郎・七之助の活躍も紹介

中村勘三郎家の家系図はこれ!名門中村屋の勘九郎・七之助の活躍も紹介

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中村屋の屋号で知られる中村勘三郎家は、歌舞伎界の中でも古くからその名跡(芸名)が続く名門であり、現在の歌舞伎界をリードする家系の一つです。

その中村勘三郎家の家系図を紹介し、絶大な人気がありながら惜しまれて亡くなった十八代目中村勘三郎とその二人の息子である、中村勘九郎中村七之助などの人気役者について紹介します。

また、中村屋が歌舞伎の世界で様々な挑戦をし続けていることをわかりやすく解説しているので、ぜひ歌舞伎の中村勘三郎家のことを知るための参考にしてくださいね。

中村勘三郎家の家系図紹介

中村勘三郎家の家系図は以下のようになります。「中村屋」という屋号は戦後に中村勘三郎の名跡を復活させた十七代目から始まっています。

中村勘三郎家の家系図

中村勘三郎家の家系図

歌舞伎の名門中村屋の歴史

中村勘三郎という名跡は江戸三座(中村座、市村座、森田座)に数えられた「中村座」の座長に受け継がれてきた名跡です。初代中村勘三郎は、江戸で最初に常設の芝居小屋を建てた人物で、はじめは猿若さるわか勘三郎と名乗っていました。当初は芝居小屋の名前も猿若座でしたが、後に中村座に変更されました。

猿若さるわか」とは昔の道化役のことで、猿回しや物真似、雄弁術などを得意としていました。市川團十郎家が創始した荒々しい勇壮な演技の「荒事あらごと」と並んで、江戸歌舞伎の特徴を表すキーワードの一つです。

江戸時代は幕府に興行を許された三座の一つとして続いていた中村座ですが、幕末になり歌舞伎の世界も様々な変化が訪れていく中でついに廃座となってしまいます。そして十六代目を最後に中村勘三郎の名跡を継ぐものもいなくなり「預かり名跡」となっていました。

しかし、戦後になって三代目中村歌六の三男である三代目中村米吉が、昭和25年(1950年)に十七代目中村勘三郎の名跡を譲り受けて復活し、屋号も新たに中村屋を名乗ることになり、その系譜が現在に続いています。

十八代目中村勘三郎とは

紋付袴が似合った十八代目中村勘三郎
十八代目中村勘三郎は、昭和30年(1955年)に十七代目中村勘三郎の長男として生まれました。母親は六代目尾上菊五郎の娘、姉は女優の波乃久里子、妻は七代目中村芝翫しかんの次女です。二人の息子も現在、歌舞伎役者・中村勘九郎中村七之助として活躍しています。

父親にあたる十七代目中村勘三郎は、長らく途絶えていた「中村勘三郎」という名跡を復活させただけでなく、様々な役を演じることに挑戦し、その数はなんと800種類を越えてギネスブックにも登録されています。

その息子である十八代目中村勘三郎は、4歳のときに五代目中村勘九郎を名のり、「昔噺桃太郎」の桃太郎役で初舞台を踏みました。歌舞伎だけでなく映画や舞台でも子役として活躍し、昭和44年(1968年)に父親と共演した「連獅子」での踊りの上手さが高い評価を受けて出世作となっています。その後も親子で「連獅子」を何度も演じており、後に生まれた二人の息子(勘九郎、七之助)との共演に受け継がれています。

役者としての人気を確実なものにしたのが、昭和63年(1988年)に病気で休演した父の十七代目に代わって1月に「俊寛」を演じ、4月には公演中に十七代目が亡くなるという悲劇に見舞われる中、「髪結新三」の新三役を初演ながら見事に演じきったことです。このときから歌舞伎界をリードするスター俳優の地位を確立しました。

新しい歌舞伎の魅力を発信していくことにも力を尽くしています。四国の日本最古の芝居小屋である金丸座を復活させ、中村吉右衛門、澤村藤十郎とともに「こんぴら歌舞伎」の旗揚げに一役買い、劇作家の野田秀樹を迎えて新作歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」「野田版 鼠小僧」などを世に送り出し、渋谷のシアターコクーンで古典歌舞伎の演目を新たな演出で上演する「コクーン歌舞伎」を行うなど、次々と新しい試みに挑戦していきました。

浅草公会堂前の十八代目中村勘三郎をモデルにした鼠小僧

浅草公会堂前の十八代目中村勘三郎をモデルにした鼠小僧

平成12年(2000年)には、昔風の芝居小屋を建てるという長年の夢を実現する、移動式の劇場「平成中村座」を始動します。平成中村座はニューヨークやドイツ、ルーマニアなどでも公演を行い、海外での歌舞伎人気を高めるのにも貢献しています。

平成17年(2005年)には46年間名乗っていた中村勘九郎あらため、父親の名跡であった十八代目中村勘三郎を襲名し、歌舞伎座で三ヶ月に渡る襲名披露公演を行います。その後の全国を回るお披露目公演は、どこに行っても大入りを記録するなど人気ぶりを見せつけました。

平成20年(2008年)には芝居の街赤坂で歌舞伎を開催したいという思いから、「赤坂大歌舞伎」の初公演を行い、同年に芸術分野において優れた業績を残したとして紫綬褒章を受賞しました。

押しも押されもせぬ歌舞伎界の第一人者として絶頂を迎えていた十八代目中村勘三郎ですが、平成24年(2012年)に病気のため57歳という若さで世を去ります。翌年に第五期の歌舞伎座開場を控えている中、新しい歌舞伎座の中心となっていくと思われていた勘三郎の死は歌舞伎界だけでなく各界から惜しまれました。

平成25年(2013年)1月にはシネマ歌舞伎で「中村勘三郎 追悼上演」が開催され、10月にはドキュメンタリー「映画 中村勘三郎」が上演されています。

【主な歌舞伎の役】

  • 「連獅子」 親獅子
  • 「一条大蔵譚」 大蔵卿
  • 「盛綱陣屋」 佐々木盛綱
  • 「鰯売恋曳網」 猿源氏
  • 「隅田川続俤」 法界坊
  • 「平家女護島・俊寛」 俊寛
  • 「娘道成寺」 白拍子花子
  • 「籠釣瓶」 次郎左衛門
  • 「髪結新三」 新三
  • 「野田版研辰の討たれ」 守山辰次

【その他の主な演劇・テレビ・映画】

  • 演劇「若きハイデルベルヒ」 カール・ハインリッヒ
  • 演劇「浅草パラダイス」 卯之助
  • 演劇「寝坊な豆腐屋」 清一
  • 大河ドラマ「元禄繚乱」 大石内蔵助、五代目中村勘三郎
  • TVドラマ「幕末青春グラフィティ 福沢諭吉」 福沢諭吉
  • TVドラマ「豊臣秀吉 天下を獲る!」 豊臣秀吉
  • 映画「やじきた道中 てれすこ」 弥次郎兵衛
  • 「NHK紅白歌合戦」 1999年 白組司会

現在活躍する中村屋の歌舞伎役者

いだてんのように走り続ける中村勘三郎家

初代中村勘三郎は、江戸時代に庶民が気軽にエンターテインメントを楽しむことができる常設の芝居小屋を初めて作った人物です。十八代目中村勘三郎亡き後の、現在の中村屋で初代から続くサービス精神を受け継いで活躍する役者を紹介します。

中村勘九郎(六代目)

生年月日 昭和56年(1981年)10月31日
本名 波野雅行
家族 父・十八代目中村勘三郎、母・波野好江、弟・中村七之助、妻・前田愛、長男・中村勘太郎、次男・中村長三郎
初お目見得 昭和61年(1986年)1月「盛綱陣屋」小三郎役
初舞台 昭和62年(1987年)1月「門出二人桃太郎」兄桃太郎役
襲名歴 昭和62年(1987年)1月中村勘太郎(二代目)
平成24年(2012年)2月中村勘九郎(六代目)

中村勘九郎は十八代目中村勘三郎の長男として生まれました。父親に厳しく芸を叩き込まれて成長し、父親亡き後は中村屋の中心であり歌舞伎界を代表する役者となっています。古典歌舞伎を守りつつ、歌舞伎の面白さを伝えるために新しいことにも積極的に取組む姿勢は父親の姿を彷彿とさせるものがあります。

父・勘三郎と弟・七之助とともに演じた三人連獅子は、その勇壮な姿と三人の息がぴったりと合ったところが、歌舞伎の芸の継承の厳しさを思わせ、高い評価を得ています。

勘九郎襲名公演では、「土蜘」の土蜘の精、「鏡獅子」の獅子の精などを演じ、父の業績を受け継いだ平成中村座の興行や、赤坂歌舞伎、コクーン歌舞伎での活躍も目覚ましいものがあります。

身体能力が高く舞踊にも才能を発揮し、平成31年〜令和元年(2019年)のNHK大河ドラマ「いだてん」では主役の金栗四三役を演じてさらに人気が高まりました。妻である女優・前田愛との間に生まれた二人の男の子も、長男が中村勘太郎、次男が中村勘三郎として歌舞伎の舞台デビューを果たしています。

名門の生まれでありながら、確かな演技力はたゆまぬ努力を重ねてきた証拠で、真面目な性格と謙虚な人柄は好漢と呼ぶに相応しい役者です。これからの歌舞伎界を牽引することが期待されます。

【主なテレビ・映画出演歴】

  • NHK にほんごであそぼ
  • NHK 大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺~」 金栗四三役
  • TBS 情熱大陸
  • テレビ朝日 勘太郎・七之助の沖縄感動ツアー
  • 映画 「禅 ZEN」 道元禅師役
  • 映画 「銀魂」「銀魂2」 近藤勲役

中村七之助(二代目)

生年月日 昭和58年(1983年)5月18日
本名 波野隆行
家族 父・十八代目中村勘三郎、母・波野好江、兄・中村勘九郎、、義姉・前田愛、甥・中村勘太郎、中村長三郎
初お目見得 昭和61年(1986年)9月「檻」祭りの子勘吉役
初舞台 昭和62年(1987年)1月「門出二人桃太郎」弟桃太郎役
襲名歴 昭和62年(1987年)1月中村七之助(二代目)

兄・勘九郎とともに中村屋を引っ張る中村七之助ですが、その芸風は兄とは大きく違います。しなやかで美しい容姿は本物の女性と見まごうほどの色気があり、若女形としての演技が光ります。

女形として「お染めの七役」、「鳴神」の絶間姫、「金閣寺」の雪姫、「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子、「廓文章吉田屋」の夕霧などの大役をこなし、令和元年(2019年)には女形の最高峰で屈指の難役とも言われる「伽羅先代萩めいぼくせんだいはぎ」の政岡を、二人の甥・中村勘太郎、長三郎を相手に見事にこなしました。

兄と同じように父親の十八代目勘三郎には厳しく芸を仕込まれました。父と兄が「連獅子」を演じたときに「自分も出してほしい」と懇願したこともあり、女性的な儚さを感じさせる雰囲気とは裏腹に、負けん気の強さと意欲的な気質も持ち合わせています。

歌舞伎以外でも活躍しており、ハリウッド映画の「ラストサムライ」では若き明治天皇役を演じ、その後に行われた平成中村座のニューヨーク公演では「夏祭」の遊女・琴浦役で出演したときの美しさにニューヨークの観客は魅了され、「ラストサムライ」の天皇役と同じ人物と知ると驚嘆の声をあげたそうです。

女形として、今もっとも成長した歌舞伎役者の呼び声も高い中村七之助の活躍から目が離せませんね。

【主なテレビ・映画出演歴】

  • NHK 令和元年版 怪談牡丹燈籠
  • NHK 大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺~」 三遊亭圓生役
  • テレビ朝日 勘太郎・七之助の沖縄感動ツアー
  • 映画 「ラストサムライ」 明治天皇役
  • 映画 「真夜中の弥次さん喜多さん」 喜多八役

中村鶴松(二代目)

生年月日 平成7年(1995年)3月15日
本名 清水大希
初舞台 平成12年(2000年)5月「源氏物語」竹麻呂役
襲名歴 平成17年(2005年)5月中村鶴松(二代目)

若手の歌舞伎役者で人気上昇中の中村鶴松は、子役として多くの舞台に出演し、平成17年(2005年)に十八代目勘三郎の部屋子となり「菅原伝授手習鑑・車引」の杉王丸で二代目中村鶴松を襲名しました。

生前の勘三郎からは「3人目のせがれ」と呼ばれるほど可愛がられており、勘三郎亡き後は勘九郎のもとで修行を積んできました。コクーン歌舞伎では「四谷怪談」のお梅、「切られの与三」のおつるなどを演じ、平成中村座のスペイン公演では「連獅子」の仔獅子を勘九郎の親獅子を相手に演じるほど重要な立場になっています。

勘九郎、七之助とともにこれからの中村屋を背負っていく期待の若手歌舞伎役者として注目です。

【達人メモ】
テレビに七之助と鶴松が出演した時の話によると、七之助の高校時代の同級生にアイドルグループ「嵐」の松本潤がいて、当時はお互いに知らない同士だったにも関わらず、なぜか波長が合って今でも親友として交流があるそうです。松本潤が中村屋の歌舞伎の舞台を観たときに、女形で出演した鶴松は「鶴松・・ブスだよ」と松本潤に言われてショックを受けたそうですが、芝居の役になりきれていなかったことを指摘したんだと、七之助がフォローする場面もありました。

中村屋は歌舞伎界の挑戦者

こんぴら歌舞伎の金丸座

常に歌舞伎の新しい可能性を追求するのが中村屋の伝統ですが、十八代目中村勘三郎が始めた新しい歌舞伎への挑戦を紹介します。

コクーン歌舞伎

十八代目勘三郎の「若い人にも歌舞伎を親しんでほしい」というコンセプトから、若者の街渋谷のBunkamuraシアターコクーンで上演されているのが「コクーン歌舞伎」です。

平成6年(1994年)5月に初公演が行われ、当時はまだ勘九郎を名乗っていた十八代目勘三郎と中村橋之助(現・芝翫)らによって、「東海道四谷怪談」が上演されました。

演目は古典的な歌舞伎でありながら、自由劇場の串田和美が演出を手掛けるなど、歌舞伎以外の人材をスタッフに登用しました。音楽の演奏にもポップミュージックを使うなどの工夫がなされ、新たな解釈と演出で話題になったコクーン歌舞伎は、今でも1〜2年おきに開催される渋谷の風物詩となっています。

平成中村座

浅草の隅田公園内にある平成中村座発祥の地記念碑

浅草の隅田公園内にある平成中村座発祥の地記念碑

若い頃から昔ながらの芝居小屋を持ちたいと思っていた十八代目勘三郎の夢が実現したとも言える平成中村座は、平成12年(2000年)に浅草で初公演を行いました。十八代目勘三郎亡き今は、中村勘九郎を中心にほぼ毎年どこかで公演を行っています。2019年は北九州の小倉城前で行われました。

江戸時代の雰囲気を味わえるように、椅子ではなく座布団を敷いて座る平場席を設けたり、舞台と客席の距離が近く役者との一体感を楽しめたりと、十八代目の求めた歌舞伎の舞台が味わえるようになっています。移動式の仮設の劇場なので、日本各地だけでなく海外でも公演を行っています。また、既存の施設を使って平成中村座の公演を行うこともあります。

中村勘三郎家のドキュメンタリー映像

歌舞伎界でも人気のある中村勘三郎一家の様子は、30年以上もテレビで特集されてきました。2019年の年末にも、「密着!中村屋ファミリー 涙と笑いの猛稽古」としてフジテレビで特集番組が組まれ、勘九郎、七之助兄弟だけでなく、子役としてデビューした勘太郎、長三郎兄弟の様子も紹介されています。

また、十八代目中村勘三郎の最期の姿までを描いたドキュメンタリー「映画 中村勘三郎」が平成25年(2013年)に上映されましたが、そのDVDが現在発売されています。

映画 中村勘三郎 [Blu-ray]

まとめ:挑戦し続ける歌舞伎の名門中村勘三郎家に注目

歌舞伎の名門中村勘三郎家の家系図から、中村屋の歴史と役者について解説してきましたがいかがでしたでしょうか。

十八代目中村勘三郎は、歌舞伎の伝統を受け継ぎながら新しい歌舞伎のあり方に挑戦して、若者向けのコクーン歌舞伎を開催し、昔ながらの芝居小屋を復活させる平成中村座を始めるなど、歌舞伎の発展に大いに貢献してきましたが、病気のため57歳という若さで惜しまれながら亡くなりました。

勘三郎の意思を受け継いだ息子の中村勘九郎中村七之助が現在の歌舞伎界においても目覚ましい活躍ぶりを見せ、中村鶴松などの若手の成長と、勘九郎の二人の息子・中村勘太郎、長三郎兄弟も歌舞伎デビューするなど、中村屋の勢いはまだまだ続いていきそうです。

新しいものに挑戦し続ける中村屋・中村勘三郎家の活躍をぜひ注目してくださいね。

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