歌舞伎音楽の特徴と役割は?舞台を盛り上げる音楽の種類や楽器も解説
歌舞伎の芝居には様々な音楽や唄が流れていますが、それらはどんな特徴や役割があるのかご存知ですか?
音楽だけでなく特殊な効果音や観客の掛け声など、歌舞伎にとってなくてはならない音楽や効果音と、それらを奏でる楽器や小道具について、初めての人にもわかりやすく解説します。
目 次
歌舞伎の音楽はそれぞれ特徴と役割がある
歌舞伎の音楽は三味線や笛の演奏だけでなく、長唄などの唄や人の足音、鳥の鳴き声などの効果音もすべて舞台の生演奏で行われています。
歌舞伎の舞台での音は大きく分けると、「伴奏音楽」と「効果音」の2種類です。
伴奏音楽は三味線をBGMとして、ナレーションのような役割を果たしたり、時には役者のセリフを代わりに語ることもあります。
効果音を出すのは太鼓や鉦などの楽器だけでなく、特殊な小道具や貝殻なども使われ、舞台の情景をリアルに表現する役割があります。
これらの効果音を出す道具は「鳴物」と呼ばれ、鳴物を演奏する人を「囃子方」と呼びます。
実際に劇場で歌舞伎を見ていると、春の場面で「うぐいすの鳴き声」が聞こえてきました。これも特殊な笛の音で鳴き声を出しているのですが、まるで本物のうぐいすが鳴いているようで驚きです。
リアルな音を出すのに録音された音ではなく、昔からの伝統的な手法を使い続けているのも、伝統を大事に受け継いできた歌舞伎の大きな特徴です。
さらに歌舞伎が他の演劇と違う特徴として、役者の演技はいつも音楽的になされているという点があります。セリフ回しは朗唱しているようになされるし、動きやポーズをとるときも歌舞伎独特のリズムが常にあります。
ミュージカルのように突然歌いだしたりすることはないですが、歌舞伎の特徴は常にその根本に音楽があるということなのです。
歌舞伎で使われる楽器の種類
歌舞伎では楽器だけでなく様々なものを使って複雑な音も表現しています。ここでは歌舞伎で主に使われる楽器や小道具を紹介します。
三味線
歌舞伎音楽のもっとも重要な役割を持つのが、伴奏音楽で必ず演奏される三味線です。
その名の通り三本の線でできており、撥(ばち)というイチョウの葉のような形をした道具で弾いて音を出します。棹の太さによって「太棹」「中棹」「細棹」と種類が分かれており、伴奏音楽の種類によって使われる三味線も変わります。
太棹 | お腹に響くような重く響きのある低音の音色。義太夫で使用。 |
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中棹 | しっとりとして落ち着いた感じの艶やかな音色。常磐津、清元で使用。 |
細棹 | 繊細で美しい高音の軽やかで明るい音色。長唄で使用。 |
大太鼓
大太鼓は舞台上で演奏されることはなく、黒御簾の中で演奏され様々な効果音を表現します。鳴物の中では最も重要な位置を占めており、歌舞伎になくてはならない効果音を出します。
波、雨、雷などの自然界の音や、本来音のない雪が降る様子、幽霊が出現する時の「ドロドロ」といった音まで、バチの長さや打ち方を変えることで表現しています。
締太鼓、小鼓、大鼓
締太鼓、小鼓、大鼓は三味線とともに歌舞伎音楽の主要な楽器であり、独特の響きとリズムを表現します。
締太鼓は演奏にバチを使いますが、小鼓と大鼓は手で叩いて音を出します。小鼓と大鼓は見た目は似ていますが、小鼓は右肩に乗せて演奏し、大鼓は左膝に乗せて演奏するという違いがあります。これらの楽器は音色だけでなく、演奏者の「いよ〜っ」というようなかけ声も、歌舞伎音楽の重要な要素となっています。
また、舞踊劇においては舞台上に演奏者が並んで締太鼓や小鼓、大鼓が演奏されることもあります。このように舞台に顔を見せて演奏することを「出囃子」といいます。
笛
笛には篠笛と能管の二種類が使われます。
篠笛 | 篠笛は長い笛は低い音、短い笛は高い音を出すことができ、祭り囃子などで使われます。三味線の音の調子に合わせるために、12本の篠笛を使い分けています。 |
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能管 | 能管は篠笛に比べ構造が複雑で非常に鋭い音色が出ます。三味線や唄に合わせることはないので一本しかなく、特有の音色で舞台の雰囲気を表現するために使われます。 |
鉦(かね)
金属製の打楽器は「鉦」と呼ばれ、歌舞伎では多くの種類が使われています。ここではよく使われるものを紹介します。
当り鉦 | 青銅などでできた深皿型の鉦です。桴で打つだけでなく、こすって鳴らすことも。「まつりなどの賑わいを表す場面で使われます。別名を「すり鉦」や「チャンチキ」といいます。 |
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本釣鐘 | お寺の鐘を小さくしたものです。時の鐘や人物の心理や情景を描写するときにも使われます。 |
銅鑼 | 寺の場面や時の鐘などに使います。吊るして使うこともあれば片手に持って使うこともあります。 |
双盤 | 立廻り(たちまわり)の場面や花見で賑わう様子などで使われます。本来は二枚ありますが歌舞伎では一枚だけで使います。 |
振鈴 | 鉦の中でも振って音を出すものを「すず」と言います。寺や宮殿の場面、諸国巡礼の場面の雰囲気を出すときなどに使います。 |
チャッパ | 二枚の金属板でできた小型のシンバルです。神仏が出現する場面や中国の場面で使います。 |
松虫 | 三本の小さな足が付いた皿型の鉦です。たたくと松虫の鳴き声のような音がします。刀鍛冶の音でも使われます。 |
オルゴール | 西洋のオルゴールの音色に似せて歌舞伎用に作られたものです。蝶が舞う様子などに使われます。 |
ツケ木とツケ板
歌舞伎を見ていると役者の足音などがやけに大きく聞こえる時があります。あれは実際の足音だけでなく、ツケ打ちという係の人がツケ木をツケ板に打ち付けて「ツケ」と呼ばれる大きな音を出しているのです。
ツケ打ちは普段は舞台袖に控えていますが、ツケが必要なときになると舞台の上手に座り、役者の動きに合わせてツケを打ちます。役者が見得をしたり、六方を踏むときなどには大きく派手に打つことでさらに強調し、物が落ちた時などには小さく打って知らせます。
場面を強調するための演出としてツケはとても重要なのです。
柝(き)
開演の合図や舞台の進行を知らせるために鳴らされるのが、「火の用心」で鳴らされる拍子木と同じような二本の棒です。歌舞伎ではこれを「柝」と呼びます。
形は似ていますがツケ木とは別のものです。
柝は幕の開閉や芝居の始まりだけでなく、セリの上下や舞台が回るときを知らせるためにも鳴らされます。
この柝を打つのは舞台監督にあたる狂言作者で、舞台の表には決して出てきませんが、舞台の進行に責任を持つ立場です。
「チョンチョン」と柝の音が鳴ると開演に向けての期待が高まり、最後の幕切れで「チョーン!」という柝の音が芝居を感慨深いものにするのです。
その他
今まで紹介したもの以外にも様々なものが歌舞伎の音として使われています。
貝殻 | こすり合わせてカエルの鳴き声などを出す。 |
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雷車 | 木製の車輪を枠に挟んだもの。転がすとゴロゴロと雷の音をだす。 |
雨うちわ | 小豆をうちわの両面に糸でくくりつけ、振るとパラパラと雨の音を出す。 |
擬音笛 | 木でできた様々な大きさの笛。いろいろな鳥や動物、虫の声なども出す。 |
歌舞伎の効果音は昔からいろいろと工夫されて、まるで本物のように表現されています。観劇するときはこのような細かい音にもぜひ注目してみてください。
歌舞伎の舞台に配置される4つの伴奏音楽
歌舞伎の伴奏音楽は大きく分けると、三味線に乗せて歌う歌い物の「長唄」、三味線に乗せて語る語り物の「竹本(義太夫)」「常磐津」「清元」
の4つになります。
どれも似たようなスタイルなので初めての人には見分けがつきにくいですが、それぞれの決まりや特徴を解説します。
長唄(ながうた)
長唄は芝居や舞踊劇の伴奏で詩を歌うように歌われ、リズミカルで明るく流れるような曲調です。笛や鼓などとともに歌われることも多く、集団での演奏だけでなくソロで聞かせたりとオーケストラ音楽に近いと言えます。
演奏者は「長唄囃子連中」と呼ばれ、衣装の色は様々なものがあり、演奏場所は舞台上手や中央、黒御簾の中になり、三味線は細棹が使われます。見台(譜面を置く台)は白木の桐でできた足が交差したものが使われます。
歌舞伎十八番の「暫」や「外郎売」の初めの出語りなどで、唄い手と三味線が演奏をしているのは、大薩摩節と言われる浄瑠璃の一派です。勇壮で力強い曲調が特徴で、歌舞伎の荒事の伴奏音楽として隆盛を極めましたが、現在は長唄の一つになっています。
竹本(義太夫[ぎだゆう])
竹本は義太夫とも呼ばれ、人形浄瑠璃を歌舞伎に移した義太夫狂言という芝居の伴奏で使われます。
「太夫」と「三味線」の二人のペアで演奏されることが多く、三味線に合わせて太夫が登場人物の心情や場面の情景を切々と語るナレーションの役割もは果たし、「和製ブルース」とも言えます。
演奏者は「竹本連中」や単に「竹本」と呼ばれ、衣装の色は様々なものがあり、演奏場所は舞台上手や二階の床が多く、顔を出すことも出さないこともあります。三味線は低音で響かせる太棹で、見台は黒塗りの房付のものが使われます。
常磐津(ときわづ)
常磐津は語りの声が高いゆったりとした曲調で、軽やかさだけでなく重厚さも併せ持っています。三味線も語りもじっくりと聞かせるために生まれた歌舞伎音楽です。
演奏者は「常磐津連中」と呼ばれ、衣装の色は柿色です。演奏場所は舞台下手が多く、三味線は中棹が使われ艶っぽい音色を奏でます。見台は朱塗りで丸みのある三本足でできたタコ足と呼ばれるものが使われますが、清元が使う黒塗りの一本足のこともあります。
清元(きよもと)
清元は高音の派手な語りと繊細な節回しに特徴があり、歌舞伎音楽の中では最も新しく遊び心に溢れています。高い裏声や鼻音を使った技巧的な発声方法も特徴的です。
演奏者は「清元連中」と呼ばれ、衣装の色は緑色です。演奏場所は舞台下手が多く、三味線は中棹が使われ、見台は黒塗りの一本足のシンプルなものです。
黒御簾(くろみす)で演奏される下座(げざ)音楽
舞台下手の黒御簾の中の小部屋では、長唄囃子連中と鳴物の演奏者が様々な音楽を奏でます。これを下座音楽(または黒御簾音楽)と言い、客席からは見えませんが10人以上の演奏者と数々の楽器が並べられています。唄や三味線が芝居のBGMの役割を果たし、大太鼓や鼓、様々な音色を奏でる道具が多彩な効果音で歌舞伎の舞台を演出します。
特殊な効果音の例を挙げると、
- 幽霊が出る時の音
「ヒュードロドロドロ・・」という効果音は歌舞伎から始まっています。「ヒュー」は細い笛、「ドロドロ」は大太鼓の音です。霊が恨みを述べる場面では陰鬱に響くドロドロですが、霊の怒りが強くなるほど「ドンデン、ドンデン」と激しくなり、霊が消える場面では「ドロン」と大きく打ち上げます。 - 雪が降る音
「シンシン」と降る雪は本来音がしないものですが、歌舞伎ではこれを大太鼓が一定のリズムで「ドン、ドン、ドン」と打たれることで表現しています。
他にも鳥や動物、虫の鳴き声、雨音、雷の音、波の音、川の流れなど芝居の中のあらゆる音が黒御簾の中で表現されているのです。
歌舞伎は観客のかけ声も重要な音
歌舞伎の大きな特徴の一つに観客のかける掛け声があります。役者の登場時や舞台での決めポーズである「見得」をしたときなどに、「成田屋!」「音羽屋!」などと役者の屋号を観客が叫ぶものです。ときには屋号以外の「待ってました!」「たっぷり!」などといったものもあります。
これは「大向う」の掛け声と呼ばれるものですが、歌舞伎の舞台を盛り上げる重要な要素であり、芝居を進行させるための音の一つです。タイミングよく発せられた大向うは、ぐっと芝居を盛り上げて役者の気分ものってきます。
しかし、実際に観劇してみると、役者のセリフにかぶせるように大向うを掛けてしまう人がいることもあります。タイミングの合ってない大向うを聞くと、せっかくの芝居も興ざめになってしまうので、初心者の人はタイミングがわかるようになるまでは、常連客の熟練した大向うをよく聞いてみるのがいいですね。あと約束事として大向うは3階以上の上の席からかけるということも覚えておきましょう。
屋号について知りたい方はこちらも御覧ください。
まとめ
歌舞伎の音楽や楽器について解説してきましたがいかがでしたでしょうか?
歌舞伎音楽は伴奏音楽と効果音からなっており、唄と三味線や大太鼓などの楽器、その他にも昔から使われている様々な道具を使って演奏されています。
芝居の雰囲気を盛り上げるBGMとしてだけでなく、時には場面のナレーションであったり、登場人物の心の内を切々と語ったりもします。
また、雨や風、鳥や動物の鳴き声などの自然界の音だけでなく、幽霊の出現や雪が降り積もる様子などの、本来はありえない音まで表現するほど多くの音があります。
そして我々観客も大向こうの掛け声で芝居に一緒に参加することができるのです!
このように音や音楽もとても魅力的な歌舞伎の舞台をぜひ一度見に行ってみてくださいね。