歌舞伎用語集まとめ【舞台の演出や役柄まで解説】
歌舞伎は江戸時代から伝わっているものなので、現代の私達にはわかりにくい用語も多くあります。
でも、歌舞伎を楽しんで見るためには、よく使われる歌舞伎用語を知っておくことはとても重要です。
ここでは歌舞伎用語の基本的なものやよく使われるもの、日常の生活で使われているものなどを、歌舞伎初心者の方にもわかりやすく解説します。
目 次
歌舞伎の演技や演出に関する用語
歌舞伎には独特の演出や演技があるので、それらに関する用語を集めてみました。
荒事(あらごと)
荒武者事の略で、力強く勇壮で荒々しい演技であり、役柄の子供っぽさを表現するものでもあります。隈取や衣装の派手さや、大きな見得や六方をするところも特徴的。初代市川團十郎によって江戸を中心に始められた演技のスタイルです。
言い立て(いいたて)
「名のり」「つらね」とも言われる。美文調のまとまった長いセリフをとうとうと朗唱するように述べること。
絵面(えめん)
複数の役者が同時に見得をすることで全体が絵画のように美しく決まる場面です。「絵面の見得」と表現されます。「菅原伝授手習鑑・寺子屋」や「寿曾我対面」、「白浪五人男・稲瀬川勢揃い」などのラストで行われるのが有名です。
外連(けれん)
観客をアッと驚かせる見た目の奇抜さを狙った仕掛けや演出のことです。「早変わり」「引き抜き」「宙乗り」などのことを言います。もともとは「邪道」という意味がありますが、歌舞伎ではその鮮やかさや変化が洗練されており、見るものを楽しませてくれます。
にらみ
カッと両目を見開いて「にらむ」こと。見得をするときに一緒に行われることが多く、驚きや怒りなどの激しい感情を表すもの。昔はにらみには病気を治すなどの不思議な呪力があると考えられていた。現代では歌舞伎のモノマネをするとき、両目を寄せた「より目」をすることがあるが、正しくは片目が寄って、もう片方の目は別の方向を向いているのが正しい。目の焦点が定まらない普通でない状態だという表現でもある。
早変わり(はやがわり)
同じ役者が一つの芝居で素早く役を変えて演技を行うことです。平成二十二年の新橋演舞場「慙紅葉汗顔見勢」で十一代目市川海老蔵は一人で十役を努め、45回もの早変わりをやってのけました。
引き抜き(ひきぬき)
演技中に一瞬で衣装が変わることです。あらかじめ仕付け糸を仕掛けた衣装を二重に着込んでおき、後見が仕付け糸を引き抜くと下の衣装が表れるようになっています。
引込み(ひっこみ)
舞台から役者が退場するときにする演技のことです。花道での引込みの演技は役者の見せ場となっています。六方も引込みの一種です。
宙乗り(ちゅうのり)
役者がワイヤーで吊られて宙を舞う演出です。舞台上だけでなく客席の上を舞うこともあります。江戸時代から使われている演出で、義経千本桜の狐忠信が有名です。
見得(みえ)
役者がストップモーションのようにポーズをとる歌舞伎の特徴的な演技です。感情が高まって内心の高揚を表すのに使われます。荒事や時代物では力強く決まり、世話物ではおだやかな見得になります。有名な見得には名前がついており、「元禄見得」「石投げの見得」「引っ張りの見得」などがあります。「見得を切る」のではなく「見得をする」が正しい言い方です。また「見栄を張る」の見栄ではありません。
六方(ろっぽう)
主に役者が花道を引っ込むときに行われる、力強く手を振り足を踏んで移動する演技です。左足を出すときは左手、右足を出すときは右手を出すという様式化された動きで力強さや男っぷりを表現しています。荒事で男の主役が演じることがほとんどですが、女形が行うこともあります。天地東西南北の六方向に手足を動かすことが名前の由来です。勧進帳の弁慶の飛び六方が有名。六法と書くこともあります。
和事(わごと)
色恋沙汰を中心にした内容の、女性的なやわらかみのある演技でコミカルさも強調される演技です。上方(京都・大坂)で誕生した演技スタイル。江戸時代の元禄期に坂田藤十郎によって完成されました。
歌舞伎の役者や役柄に関する用語
歌舞伎役者の役柄を表す独特の表現や、普通の人とは違う役者の住む世界で使われる用語を集めました。
女形(おんながた)
女性の役、またはその役者のことです。江戸時代に風紀上の理由から女性が歌舞伎を演じるのを禁止されたことから、男性によって女性が演じられるようになったのが始まり。男性が“女装”しているのではなく、「女らしい」と思われる様子を表現するものなので、本物の女性以上に女性らしいと言われることもあります。「おやま」とも呼ばれますが、近年は「おんながた」と呼ぶことが多くなっています。
女形について詳しくは以下を御覧ください。
敵役(かたきやく)
悪人の役やそれを演じる役者のことを言います。スケールの大きな悪人を「実悪(じつあく)」、二枚目の色男だが本当は残酷な役を「色悪(いろあく)」、半分は道化の役を演じるのを「半道敵(はんどうがたき)」などいろいろと種類をわけて呼ぶこともあります。
隈取(くまどり)
役者が顔に赤や青の太い線の化粧を描くこと。血管や筋肉を強調して情熱や怒りなどの感情を表すもので、歌舞伎の大きな特徴の一つです。主に荒事の登場人物に多く、多様な種類があります。
隈取について詳しくは以下をご覧ください。
襲名(しゅうめい)
役者の名前である名跡(みょうせき)が変わることをいいます。名跡は役者の家ごとに弟子や子供に代々受け継がれていくのが基本です。同じ名前では見分けがつかないので「二代目」などを付けて区別しています。年齢や経歴が上がっていくと、出世魚のように格上の名跡に変わっていくこともあります。
立役(たちやく)
大人の男性の役、またはそれを演じる役者のことです。立役の中でも敵役からいじめられてじっと耐えるのを辛抱立役(しんぼうたちやく)と言います。
にん
それぞれの役者が持つ性格や雰囲気、演技の仕方、芸風などを言います。今どきの「キャラ」という言い方に近いものがあります。役柄と役者の個性がぴったり合うことを、「にんが合う」という風に言います。
屋号(やごう)
役者が所属する一門や家を表す「○○屋」という看板のようなもの。二代目市川團十郎が成田屋を名乗ったのが最初で、その後他の役者も屋号を名乗るようになりました。
屋号について詳しくは以下もご覧ください。
四天(よてん)
捕り手や雑兵役の、立ち回り(戦闘時)のいわば雑魚キャラのような人々のことです。黒い服装を黒四天、赤い鉢巻で花柄の派手な衣装は花四天といいます。投げ飛ばされたり屋根から飛び降りるときに、宙返りの「トンボ」を返るアクロバティックな技で観客をわかせます。
梨園(りえん)
歌舞伎役者の社会を表す言葉です。昔の中国の皇帝が梨園で歌や踊りを教えたことが由来となっています。歌舞伎役者の奥さんを「梨園の妻」と言います。
歌舞伎の演目の種類に関する用語
歌舞伎の演目のジャンルには様々な分類の仕方がありますが、代表的な用語を紹介します。
時代物(じだいもの)
歌舞伎ができた江戸時代より前の時代の事件や出来事をテーマにしたもので、武家社会を扱うもののことを言います。
実際は江戸時代の出来事をそのまま表現するのは幕府にはばかられたので、古い時代に置き換えて演じられました。「仮名手本忠臣蔵」が江戸時代ではなく足利時代の設定になっているのが有名です。
世話物(せわもの)
江戸時代の町人や庶民の生活を舞台にしたものです。セリフも普通の話し方なので現代人にも理解しやすくなっています。実際に起きた事件などをテーマにしたものも多く、当時の文化や風俗を知ることができます。
舞踊劇(ぶようげき)
所作事とも言います。踊りがメインになっている演目で、あまりストーリー性はないものも多くありますが、「勧進帳」のような重厚な物語を演じるものもあります。
松葉目物(まつばめもの)
歌舞伎は能の演目を移したものもありますが、能の舞台背景に大きな松が描かれているのを真似て作られた、「松羽目」という背景をもつものを松羽目物といいます。
歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)
市川團十郎家のお家芸として制定された、18演目のことで、市川家得意の荒々しい演技のものがほとんどです。
詳しくは以下のページをごらんください。
歌舞伎の舞台や舞台装置に関する用語
歌舞伎の演出に使われる、舞台の仕掛けや小道具などの独特な用語を紹介します。
がんどう返し(どんでん返し)
建物などの大道具が後ろにそのまま引っくり返ることで次の舞台が現れる“大仕掛け”のこと。江戸時代の宝暦11年(1761年)に考案され、「白浪五人男」の極楽寺大屋根がひっくり返る場面が有名。「どんでん返し」とも言い、芝居の大詰めで使われるのが多いことから、「ラストで物事がひっくり返る」という意味で使われるようになった。
すっぽん
花道上の7:3の舞台近くの位置に設置された上下に移動する四角い穴のこと。妖怪や物の怪などの人間ではないものが出入りする決まりになっています。
セリ
舞台上の横長の大きな上下に動く仕掛けです。役者だけでなく建物などの大道具までせり上がってくるので、「セリ」と呼ばれます。すっぽんもセリの一種です。
花道(はなみち)
観客席を通って舞台に向かう役者が通るときの道です。舞台に向かって左側に設置されていて、この上での演技も重要な見せ場となっています。まれに左右両方に花道が設けられることもあります。
幕(まく)
上演前や舞台転換のときに、舞台が見えないように隠している幕のことです。黒色、茶色、緑色の定式幕は江戸時代に幕府に公認された劇場のみで使われました。他にも水色の浅葱幕は、舞台全面に吊り下げた状態から一気に振り落として舞台を一瞬で転換するときに使われます。黒幕は夜や闇を表現するのに使われたり、一部分を隠すために使われたりします。舞台への役者の出入口にかけられているのは揚幕(あげまく)と言います。
廻り舞台(まわりぶたい)
舞台中央に設けられた丸い部分を回転させて場面を転換する仕掛けのことです。丸い形から「盆」と呼ばれます。この仕掛は歌舞伎が発祥で、海外の劇場にも影響を与えています。
歌舞伎の舞台装置について詳しくは以下のページでも解説しています。
歌舞伎の裏方や小道具に関する用語
柝(き)
開演前や終演後などに舞台進行の合図で鳴らされる拍子木をいいます。舞台の進行係でもある狂言作者が担当します。
黒衣(くろご)
舞台上で役者の早変わりを手伝ったリ様々な仕掛けを手助けする黒装束の後見のことです。黒い色は見えないものというお約束です。場面が海や川などのときは水色の「水衣(みずご)」「波衣(なみご)」になったり、雪の場面で白い「白衣(しろご)」になることもあります。
後見(こうけん)
舞台上で役者に小道具を渡したり、衣装替えを手伝ったり、差し金で鳥や蝶を飛ばしたりする役です。黒衣ではかえって目立ってしまうような場面で、場面に合わせた普通の衣装で目立たないように控えています。
差し金(さしがね)
鳥や蝶などの小道具を動かすために後見が使う黒い棒のこと。「誰の差し金だ」などと言う時の語源になっています。
ツケ打ち(つけうち)
舞台上手に座って二本の木(ツケ木)をツケ板に打ち付けて効果音を出すこと。足音を表現したり見得や六方などを強調する役割がある。
歌舞伎の効果音や音楽について詳しくは以下もご覧下さい。
歌舞伎の独特なセリフ用語
歌舞伎は江戸時代に使われていたセリフも多く、現代人にはわかりにくいものを紹介します。
首実検(くびじっけん)
本人かどうかを討ち取った首で確かめること。歌舞伎の芝居では違う人の首になっていることが多い。「寺子屋」、「熊谷陣屋」、「盛綱陣屋」などで見られる。
びびびびびび〜
いわゆる「アカンベー」を若い女性役がするときのセリフ。「毛抜」などで見られる。
身請け(みうけ)
遊郭などで、客が遊女の借金を肩代わりして自由の身にすること。惚れた遊女を妻にするために身請けする話は歌舞伎ではよくある。「廓文章」、「鰯賣戀曳網」などで見られる。
料簡(りょうけん)
歌舞伎の芝居ではわりとよく聞かれ、いろいろな意味があるセリフ。状況によって使い方が変わる。「料簡して」は、許してほしいとか納得してほしいとき。「よい料簡」は、良い判断という意味。「料簡が狭い」は、心が狭いという意味。「料簡が若い」は、考え方が幼いという意味。
観客に関する用語
歌舞伎の観客に関する用語も紹介します。
大向う(おおむこう)
観客が役者の屋号を叫ぶ掛け声のこと。タイミングよくかけられるは芝居を盛り上げます。
じわ
役者の演技に客が酔いしれて、ため息やざわめきが客席全体にじわ〜っと広がることです。「じわが来る」などと言いますが、めったには見られません。
日常で使われるようになった用語
色男(いろおとこ)
顔立ちのいい男のことをさすが、もとは歌舞伎でモテるいい男の役は顔を白塗りしていることが由来。
段取り(だんどり)
歌舞伎では話の区切りを「段」といい、例えば義経千本桜の「すし屋」は「三段目」などと表現する。ここから芝居の筋の展開や構成の仕方を「段取り」というようになった。
茶番(ちゃばん)
楽屋で役者達がお遊びでやった即興劇のことを茶番と言っていたところから、はたから見るとこっけいでばからしい演技に見えることを言うようになった。
どんでん返し(どんでんがえし)
歌舞伎の舞台が転換されるときに、大太鼓が「ドンデンドンデン・・・」と打ち鳴らされるところから、今までの流れをひっくり返すような大きく場面が転換するときに使われるようになった。
ドロン
歌舞伎の怪談物などで、幽霊が登場・退場するときに大太鼓が「ドロン」と打ち鳴らされることから来ている。姿を消す場面で「ドロンする」などと使われることが多い。
鳴り物入り(なりものいり)
「鳴り物」とは太鼓や笛のことで、舞台をにぎやかにするために使われることから、派手な登場などの場面で「鳴り物入り」と使われるようになった。
まとめ
歌舞伎にはいろいろな用語があり、初めての人には分かりづらいものもありますが、基本的な用語を知っているだけでずっとわかりやすくなります。
押さえておきたい基本的な用語としては次のようになります。
演技や演出では、荒々しい「荒事」とおだやかな「和事」の違いや、ポーズをとる「見得」や独特の歩き方をする「六方」。
役者や役柄については、男性が女性の役を演じる「女形」、代々名前を受け継いでいく「襲名」。
演目の種類では、武家社会を描いた「時代物」、町人の生活が舞台の「世話物」、踊りがメインの「舞踊劇」。
舞台装置では、役者が登場する「花道」、舞台したから上がってくる「セリ」や「すっぽん」。
裏方については、舞台上で役者を助ける「後見」「黒衣」、効果音の「ツケ打ち」。
歌舞伎独特のセリフとして知っておきたい「首実検」、「身請け」、「料簡」。
観客として見るときは「大向う」の掛け声も楽しみたいものです。
「色男」や「茶番」など、普段何気なく使う言葉にも歌舞伎が語源のものもあります。
基本的な歌舞伎用語を知って、もっと歌舞伎の舞台を楽しんでくださいね。