歌舞伎「外郎売」のあらすじを分かりやすく解説!有名な口上の長台詞も紹介
外郎売とは、市川團十郎家のお家芸として有名な歌舞伎十八番の演目の一つです。
その劇中に語られる長台詞は、アナウンサーや声優の発声練習の早口言葉としてもとても有名なのはご存知でしょうか?
この記事では、外郎売の長台詞を全文ふりがなつきで紹介し、歌舞伎の演目としてのあらすじや登場人物について、長台詞をどれくらいの時間で読めるのかなどを、実際にしゃべっている動画なども交えて紹介します。
発声練習用に長台詞のPDFファイルも準備したので、必要な方はコチラからダウンロードしてご利用ください。
目 次
歌舞伎「外郎売」のあらすじを分かりやすく解説
現在上演されている外郎売の内容は、十二代目市川團十郎がまだ海老蔵を名乗っていた昭和55年5月に、野口達二の脚本で演じたものです。ここでは、そのあらすじを以下に紹介します。
【あらすじ】
富士の裾野で行われる巻狩り(※1)の総奉行に任命された工藤佐衛門祐経は、部下の小林朝比奈や小林の妹・舞鶴、梶原景時、梶原景高、茶道珍斎らと、富士山の麓の大磯の廓で、多くの遊女(大磯の虎、化粧坂少将、喜瀬川、亀菊)を従え、酒宴を始めようとしています。
すると、どこからともなく「小田原名物、ういろうはいらっしゃりませぬか〜」と、早口の台詞で有名な外郎売の声が聞こえてきたので、興味を持った祐経は朝比奈に命じて外郎売を招き寄せます。
やってきた外郎売は、珍斎に名前を聞かれてとっさにごまかします。そして早口の言い立てを聞かせてくれとの願いに答え、外郎売の有名な長台詞の言い立てをよどみなく語って聞かせ、居並ぶ面々を感嘆させます。
外郎の効能を見て、女性を口説くのに使えると考えた珍斎は、ぜひ自分にも飲ませてほしいと申し出ます。外郎売は珍斎に外郎を一粒飲ませて、早口の言い立てを言わせますが、薬がまだ効いてないのでうまく言えません。
外郎売が、早く効き目が出るようにおまじないで「手を打とう」と言うと、その勢いで祐経につかみかかろうとしますが、女郎たちに止められます。
そこに「待て待て弟、早まるな〜」と、曽我十郎祐成が駆けつけます。実は外郎売は十郎の弟・曽我五郎時致であり、父親の仇である工藤祐経を討とうと、外郎売に化けて近づいたのでした。
仇討ちに早る五郎を朝比奈がなだめますが、五郎は聞く耳を持たず、兄の十郎とともに祐経にいどみかかります。しかし、多くの部下に守られた祐経には届きません。
敵を目の前にして悔しがる兄弟を見た祐経は、その心意気に打たれて巻狩りの狩場の図面を与え、総奉行の務めを終えたら潔く兄弟に討たれようと約束して幕となります。
外郎売の口上の長台詞をふりがな付きで全文紹介
早口言葉や発声練習の教材として有名な外郎売の長台詞を、以下に五節に分けて紹介します。また、外郎売の長台詞(縦書き)PDFはコチラからダウンロードできます。
第一節
拙者親方と申すは、お立会の中に、御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門、只今は剃髪致して、円斉と名のりまする。
元朝より、大晦日まで、お手に入れまする此の薬は、昔陳の国の唐人、外郎という人、わが朝へ来たり、帝へ参内の折りから、この薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、冠のすき間より取り出だす。
よってその名を帝より、透頂香と賜わる。即文字には「頂き、透く、香い」と書いて「透頂香」と申す。
只今はこの薬、殊の外、世上に弘まり、方々に偽看板を出だし、イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと、いろいろに申せども、平仮名をもって「ういろう」と記せしは、親方円斉ばかり。
もしやお立会いの中に熱海か塔の沢へ、湯治にお出なさるるか、または伊勢御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。
お上りならば右の方、お下りなれば左側、八方が八つ棟、表が三つ棟玉堂造り。
破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる。
第二節
イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、ご存知ない方には、正身の胡椒の丸呑み、白河夜船、さらば一粒食べかけてその気味合いをお目にかけましょう。
先ずこの薬をかように一粒舌の上にのせまして、腹内へ納めまするとイヤどうも言えぬは、胃・心・肺・肝がすこやかになりて薫風候より来たり、口中微涼を生ずるが如し。
魚鳥・茸・麺類の食い合わせ、その外、万病速効ある事神の如し。
さて、この薬、第一の奇妙には、舌のまわることが、銭独楽がはだしで逃げる。ひょっと舌がまわり出すと、矢も楯もたまらぬじゃ。
第三節
そりゃそりゃ、そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。
アワヤ候、サタラナ舌に、カ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重、開合さわやかに、あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろお。
一つへぎへぎに へぎほし はじかみ、盆豆 盆米 盆ごぼう、摘蓼 摘豆 摘山椒、書写山の社僧正、粉米の生噛み 粉米の生噛み こん粉米の小生噛み、繻子・緋繻子・繻子・繻珍、親も嘉兵衛 子も嘉兵衛、親かへい子かへい 子かへい親かへい、古栗の木の古切口、雨合羽か番合羽か、貴様の脚絆も皮脚絆、我等が脚絆も皮脚絆、しっ皮袴のしっぽころびを、三針はり長にちょと縫うて、ぬうてちょとぶんだせ、河原撫子 野石竹、のら如来 のら如来 三のら如来に六のら如来。
一寸先のお小仏に おけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり。
京の生鱈 奈良生学鰹、 ちょと四五貫目、お茶立ちょ 茶立ちょ ちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹茶筅でお茶ちゃっと立ちゃ。
第四節
来るは来るは何が来る、高野の山の おこけら小僧、狸百匹 箸百膳 天目百杯 棒八百本。
武具・馬具・ぶぐ・ばぐ・三ぶぐばぐ、合わせて武具・馬具・六ぶぐばぐ、菊・栗・きく・くり・三菊栗、合わせて菊・栗・六菊栗、麦・ごみ・むぎ・ごみ・三むぎごみ、合わせてむぎ・ごみ・六むぎごみ。
あの長押の長薙刀は、誰が長薙刀ぞ。
向こうの胡麻がらは 荏の胡麻がらか、真胡麻がらか、あれこそほんとの真胡麻殻。
がらぴいがらぴい風車、おきゃがれこぼし おきゃがれ小法師、ゆんべもこぼして 又こぼした。
たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一干だこ、落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食わぬ物は、五徳鉄灸 かな熊童子に、石熊 石持ち 虎熊 虎きす、中にも東寺の羅生門には、茨木童子がうで栗五合つかんでお蒸しゃる。
彼の頼光の膝元去らず。
第五節
鮒・金柑・椎茸、さだめて後段な、そば切り、そうめん、うどんか、愚鈍な小新発知、小棚の、小下の、小桶に、こ味噌が、こ有るぞ、小杓子、こ持って、こ掬って、こよこせ、おっと合点だ、心得たんぼの川崎、神奈川、程ガ谷、戸塚は、走って行けば、やいとを摺りむく、三里ばかりか、藤沢、平塚、大礒がしや、小磯の宿を七ツ起きして、早天早々相州小田原とうちんこう、隠れござらぬ貴賎群衆の、花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見てお心を、おやわらぎやという。
産子、這う子に玉子まで、此の外郎の御評判、ご存知ないとは申されまいまいつぶり。
角出せ、棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼・杵・すりばち、 ばちばちくわばらくわばらと、羽目を弛して今日お出での何れも様に、上げねばならぬ売らねばならぬと、息勢引っぱり、東方世界の薬の元締め、薬師如来も上覧あれと、ホホ敬って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。
外郎とは小田原の名物の薬のこと
「外郎」とは、今ではお菓子が有名ですが、歌舞伎の芝居では小田原の名物と言われる万能薬のことを言います。現在でも小田原の外郎家が昔ながらの製法を守って作り続けています。
薬箱を担いで頭巾をかぶったユニークな衣装の外郎売が、薬の由来や効能を流暢な長台詞でスラスラと言い立てることで、客の興味を引いて買ってもらうというスタイルが特徴の商いですが、外郎家によると、そのスタイルで売ったことはないとのこと。
江戸時代の役者・二代目市川團十郎が、声が出なくなったときに薬の「外郎」を飲んだところ声が出るようになりました。そのことに感謝した二代目團十郎が、この薬のことを芝居にしたいと外郎家に懇願し、最初は断っていた外郎家も、ついにそれを許したそうです。
現在の歌舞伎の演目「外郎売」の衣装や長台詞は、二代目團十郎が創作したものが今に伝わっています。
外郎売の登場人物
外郎売・曽我五郎時致 |
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外郎売りに化けて父親の仇である工藤祐経の命を狙っている若侍。豪快な性格だが血気にはやるところがある。「助六由縁江戸桜」や「矢の根」の主人公も曽我五郎となっている。 |
工藤佐衛門祐経 |
曽我兄弟の仇敵。源頼朝の命で富士の巻狩りの総奉行を務める。 |
小林朝比奈 |
工藤祐経の部下。猿隈と呼ばれるユーモラスな隈取と衣装が特徴的な道化役。曽我兄弟に仇討ちの時を待てと諌める。 |
舞鶴 |
小林朝比奈の妹。 |
茶道珍斎 |
女にモテるために外郎を飲んで早口言葉に挑戦するが、うまくしゃべれず恥をかく。 |
梶原景時、梶原景高 |
源頼朝の家臣の親子。工藤祐経のもと巻狩りに参加する。正体がバレた五郎を捕らえようとする。 |
大磯の虎 |
大磯の廓の傾城(遊女)。祐経に飛びかかろうとした五郎をなだめる。化粧坂少将、喜瀬川、亀菊も同じ遊女。 |
曽我十郎祐成 |
五郎の兄で、ともに仇敵の工藤祐経を狙っている。弟と反対に温和で落ち着いた性格。 |
貴甘坊 |
五郎と一緒に外郎を売り歩く子供。同じ格好をしているミニ外郎売。昭和60年(1985年)の十二代目團十郎の襲名披露のときに息子の新之助(現・團十郎)が貴甘坊を演じ、長台詞を語った。令和元年(2019年)には現・團十郎の息子勸玄くん(現・新之助)が演じている。 |
外郎売は歌舞伎十八番の中でも特殊な演目
歌舞伎の外郎売とは、七代目市川團十郎によって制定された、市川家のお家芸「歌舞伎十八番」の演目の一つです。荒々しく勇壮な内容の荒事がほとんどの歌舞伎十八番の中では、台詞回しが最大の特徴という異色の作品となっています。
享保3年(1718年)に、台詞回しを得意としていた二代目團十郎が、江戸森田座で「若緑勢曾我」という演目の中で外郎売を演じたのが最初とされています。
あるとき、二代目團十郎が外郎売を演じていると、客が嫌がらせで先に長台詞を言ってしまうということがありました。しかし、二代目團十郎は慌てることなく、長台詞を逆から言って見せて観客を驚かせたという逸話が残っています。
現在の形は十二代目團十郎のときに復活した作品で、市川團十郎家の跡取りが初舞台などでミニ外郎売の貴甘坊を演じるのが通例となっています。
歌舞伎十八番について詳しくは以下のページをご覧ください。
外郎売を早口言葉で何分かかる?
早口言葉として有名な外郎売の長台詞ですが、実際に何分ぐらいで話しているのでしょうか?
早い人は2分台で全文言えるそうですが、実際の歌舞伎の舞台では、十二代目市川團十郎が約6分で、勸玄くん(現・市川新之助)が、上記全文の第三節の「あかさたな〜」から初めて3分20秒くらいかけてしゃべっています。
途中で長唄の語りが入ったり、内容が省略されていたりもするので、全文を普通に話してどのくらいになるのかはわかりませんが、歌舞伎の舞台では早く話すことが目的ではなく、どれだけ流暢に心地よく聞かせるかがポイントです。
小さな子役の貴甘坊が長台詞を言う場面は、聞いているこちらもちゃんと言えるかハラハラしながら見てしまいます。全部言えると思わずホッとしますが、これも外郎売の見どころですね。
外郎売を動画で見てみよう
外郎売の長台詞を聞ける動画を紹介します。
歌舞伎俳優が所属する、日本俳優協会・伝統歌舞伎保存会が運営する公式Youtubeチャンネル「歌舞伎ましょう」で、尾上松緑が外郎売の早口言葉の言い立てを公開しています。Youtubeの字幕をオンにすれば話している言葉を同時に見ることができます。
こちらは背景に字幕入りなので、初めて聞く人にも分かりやすくなっています。発声練習をしたいかたはぜひ参考にしてくださいね。
十二代目團十郎の外郎売を見たい方にはこちらのDVDがオススメです。
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途中、外郎売役の十二代目團十郎と工藤祐経役の七代目尾上菊五郎の、團菊が並んで劇中口上を述べる場面が見られる貴重な映像となっています。同じく歌舞伎十八番の暫も収録されています。
「外郎売」の上演情報
歌舞伎十八番の内「外郎売」の上演情報を紹介します。
2024年2月 御園座
2024年2月の御園座「二月御園座大歌舞伎」で「外郎売」が上演され、御園座では初の舞台となる八代目市川新之助が外郎売の曽我五郎を演じます。
まとめ:歌舞伎十八番の人気演目「外郎売」を見よう
歌舞伎の長台詞の口上で有名な演目・外郎売のあらすじやふりがな付き全文を紹介してきましたがいかがでしたでしょうか?
荒々しい演技が特徴の歌舞伎十八番の中では珍しく、長台詞を流暢に語る台詞回しが見どころになっており、早口言葉や発声練習にも使われているほどです。
DVDやYoutube動画でも長台詞を聞くことはできますが、実際の歌舞伎の舞台で、小さな子役が長台詞を一生懸命話す姿を見ると、思わず頬が緩みます。上演されるときはぜひ歌舞伎の舞台に足を運んでみてくださいね。