【歌舞伎】土蜘(つちぐも)のあらすじ解説 不気味な蜘蛛の糸が源頼光を襲う!

【歌舞伎】土蜘(つちぐも)のあらすじ解説 不気味な蜘蛛の糸が源頼光を襲う!

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歌舞伎の演目「土蜘つちぐも」は、能の「土蜘蛛」を元に作られた長唄の舞踊劇で、不気味な土蜘の精が蜘蛛の糸を派手に投げかける場面が印象的な演目です。

尾上菊五郎家おのえきくごろうけのお家芸「新古演劇十種しんこえんげきじゅっしゅ」の一つでもあり、何度も上演される人気の演目でもあります。

この記事では、歌舞伎演目「土蜘」とはどういう演目なのかを、その成立の由来登場人物あらすじ見どころ上演情報などについてわかりやすく解説していきます。ぜひ「土蜘」観劇の参考にしてくださいね。

歌舞伎演目「土蜘(つちぐも)」とは

歌舞伎の演目「土蜘」は、能の「土蜘蛛」を元に歌舞伎作者河竹黙阿弥かわたけもくあみが書いた舞踊劇です。明治14年(1881)6月の新富座での初演時に土蜘の精を演じたのは五代目尾上菊五郎おのえきくごろう。五代目菊五郎は祖父である三代目菊五郎の三十三回忌追善狂言のためにこの演目を演じ、後に菊五郎家のお家芸である「新古演劇十種しんこえんげきじゅっしゅ」にも選ばれました。

能を元にした歌舞伎演目は、背景に能舞台を模した松の絵が書かれていることから「松羽目物まつばめもの」と呼ばれ、能仕立ての古塚の作り物の中から土蜘の精が現れたり、最後に土蜘が死ぬ場面で“仏倒し”と呼ばれる能の演出が使われるなど、随所に能の演出が見られるのも特徴です。

前半は、土蜘の精が人間の姿でありながらいかに不気味さを見せるかに役者の技量が問われ、後半は土蜘と武者たちが歌舞伎らしい豪快な大立ち回りで魅了します。合間には侍女の華麗な舞や家来の滑稽なやりとりなどもあり、最後まで目が離せない内容です。

「土蜘」の登場人物

源頼光と土蜘の精
土蜘の主な登場人物を紹介します。

叡山の僧智籌/土蜘の精えいざんのそうちちゅう/つちぐものせい
日本を魔界にしようと企む蜘蛛の妖怪。病床の源頼光の命を狙って僧に化けて近づく。正体を現した顔は独特の茶色の隈取「土蜘隈」で物の怪の不気味さを表現している。蜘蛛なので白い糸を出して攻撃する。
源頼光みなもとのよりみつ
平安中期に武勇を誇った武将。四天王という屈強な部下を配下に持って酒吞童子などの鬼退治でも有名な人物だが、今は病に倒れて臥せっている。頼光は「らいこう」とも呼ぶ。
平井保昌ひらいのやすまさ
頼光の家臣で武勇に優れた人物。同じ頼光の部下である四天王に対して「独武者ひとりむしゃ」とも呼ばれる。歌道にも優れた才能を持ち、和泉式部の夫でもある。
渡辺綱わたなべのつな
頼光の四天王のリーダー格で剣の達人。京を騒がせていた茨木童子という鬼を退治した逸話が有名。
坂田公時さかたのきんとき
四天王の一人で怪力の持ち主。童話の金太郎のモデルとして有名。
碓井貞光うすいさだみつ
四天王の一人で身長七尺(2m)の大男。大鎌で大蛇を退治して供養のためにお寺を建立したり、神のお告げで温泉を発見したという敬虔深いエピソードがある人物。
卜部季武うらべのすえたけ
四天王の一人で弓の名手。妖術使いの滝夜叉姫と対峙したり、産女の幽霊にも動じなかったなどの武勇以外での活躍も伝えられる。
太刀持音若たちもちおとわか
頼光の側に名刀「膝丸ひざまる」を持って控えている。僧・智籌の影を見て正体に気がつく。
侍女胡蝶じじょこちょう
病に伏せている頼光のために薬を持参する侍女。動けない頼光のために京の様子を語りながら舞を披露する。




「土蜘」のあらすじ

源氏の大将であり武勇で名を轟かせた源頼光みなもとのよりみつは、愛人の元に通って朝露に濡れたことが原因で風邪をこじらせ、京にある自らの館で床に臥せっていました。

家臣の平井保昌ひらいのやすまさが心配して様子を見に来ますが、回復の兆しが見えてきたので安心して戻っていきます。

今度は侍女の胡蝶こちょうが薬を持ってきました。頼光が京の秋も深まってきただろうと尋ねると、胡蝶は京の紅葉の名所の様子を語りながら舞を披露し頼光を喜ばせます。

その後、頼光が再び床に着き夜が更けてくると、どこからか一人の僧が現れます。

僧は比叡山から来た智籌ちちゅうと名乗り、頼光の病が早く治るように祈祷しに来たと言います。

智籌が語る仏道修行の内容を聞いた頼光は祈祷を依頼することにしますが、灯りに照らされた智籌の影を見た太刀持ちの音若が、その正体に気づき智籌の前に立ちふさがります。

これを見た頼光が名刀膝丸を抜いて智籌に斬りつけると、智籌は蜘蛛の糸を繰り出し不気味な形相で逃げていきました。

この事態を知り駆けつけた保昌は、智籌の正体は土蜘の精であり、頼光の病も土蜘の精が原因だと考えます。

頼光もこれに同意し、保昌と配下の四天王(渡辺綱わたなべのつな坂田公時さかたのきんとき碓井貞光うすいさだみつ卜部季武うらべのすえたけ)に土蜘退治を命じました。

保昌たちが土蜘の血の跡をたどっていくと、東寺の裏手にある古塚に続いています。家来たちが古塚を崩すと、中から不気味な姿をした土蜘の精が現れ、保昌たちに襲いかかってきました。

日本を魔界に変えるために、まず頼光を殺そうとしたが名刀膝丸の威光で失敗したと土蜘の精は恨みを述べ、千筋の糸を繰り出して保昌たちを攻撃します。

保昌と四天王は苦戦しながらも徐々に土蜘の精を追い詰め、ついに土蜘の精は壮絶な最期を迎えるのでした。




「土蜘」の見どころは?

前半の見どころは、頼光の寝所にいつの間にか現れた僧・智籌が人間でありながら得体のしれない不気味さを感じさせるところです。

普通、花道に役者が登場したときは明かりが点きますが、智籌が登場するときは最初明かりを点けず、突然現れたような不気味さを感じさせます。

頼光の前でも時折にらみつけるような表情になり、正体がばれたときには手に持った数珠を口に当てて口が大きく裂けたような独特な見得をして物の怪の片鱗を見せます。

後半は正体を現した土蜘の精と保昌たちの派手な大立ち回りが見どころですが、土蜘の精が「千筋の糸ちすじのいと」と呼ばれる無数の白い糸をパーッと繰り出す様子は、不気味な物の怪を象徴しながらも、舞台上ではなんとも美しく映えるのです。

ちなみに「智籌(ちちゅう)」という名前は、「蜘蛛(くも)」を音読みしたときに「ちちゅう」となるところから来ています。作者の河竹黙阿弥らしい言葉遊びで正体を匂わせているのですね。

名刀「膝丸」とは?

名刀「膝丸」
歌舞伎にはいくつもの「名刀」が登場しますが、「土蜘」では源頼光が「膝丸ひざまる」という刀を使って土蜘の精を撃退する場面が演じられています。

膝丸とは正式には「薄緑うすみどり」と言い、平安時代に作られたと伝わっていますが、製作者ははっきりわかっていません。「膝丸」という名前は、最初に人を切ったときに膝まで切れたことが由来だそうです。

幅が狭く横長の刀身は87.6センチあり、江戸時代の一般的な刀が70センチなので、かなり長い刀です。刀の切れ味を決める刃文は幅が狭く真っ直ぐで、刀身には強度を高め折れにくくするための溝が彫られているのも特徴的です。

歴史上の多くの有名な武将が所有してきたことも、名刀としての名声を高めています。最初の所有者は、膝丸を作らせたと言われる源満仲みなもとのみつなかという武将です。後の源頼朝らの源氏の祖先に当たる武将で、「土蜘」に登場する源頼光の父になります。

その後、膝丸は息子の頼光が受け継ぎ、数々の物の怪退治の伝説を残し、その伝説とともに源義経、源頼朝など源氏の大将に受け継がれていきます。歌舞伎の「助六」などで有名な曽我五郎が所有していたこともありました。

現在は京都の大覚寺に厳重に保管され普段は見ることはできませんが、刀剣好きの女子たちに絶大な人気を誇り、2020年の秋に特別公開されました。

大覚寺に伝わる来歴によると「天下守護の刀」となっており、かつて武将たちがその権勢を示すために使われた膝丸は、現在では人々の安寧を祈る存在として親しまれているのです。

ちなみに膝丸には兄弟刀の「髭切ひげきり」という刀があります。こちらは鬼を切ったという伝承があり、「鬼切丸おにきりまる」とも呼ばれ、歌舞伎の演目「戻橋もどりばし」「茨木いばらき」などに登場します。



「土蜘」の上演情報

歌舞伎演目「土蜘」の上演情報を紹介します。

2023年9月 歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」

2023年9月の歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」で松本幸四郎による「土蜘」が上演されます。




まとめ:歌舞伎演目「土蜘」を楽しもう

歌舞伎の演目「土蜘」は、日本を魔界にしようと企んで源頼光の命を狙った不気味な土蜘の精を、頼光とその家来たちが討ち取ってその野望を砕く物語です。

僧に化けたり、「千筋の糸」という蜘蛛の糸を繰り出すなど物の怪の怪しさを見せる不気味な演出が大きな見どころであり、尾上菊五郎家新古演劇十種にも選ばれている人気の演目です。

能を元にした松羽目物の大作舞踊劇でもあり、最後まで見るものを飽きさせない「土蜘」を、ぜひ歌舞伎の舞台で観劇してくださいね。

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