【歌舞伎】曽根崎心中のあらすじを簡単解説!心中は究極の純愛か?
歌舞伎の演目「曽根崎心中」は、実際に江戸時代に起きた心中事件を題材とした世話物の代表的作品で、現代でもとても人気のある演目です。
ここでは、「曽根崎心中」のあらすじや登場人物、物語の元になった心中事件、曽根崎心中を得意としている歌舞伎役者、上演情報などをわかりやすく解説していくので、ぜひ観劇の参考にしてくださいね。
目 次
「曽根崎心中」は実際の心中事件がモデル
歌舞伎の演目「曽根崎心中」とは、江戸時代・元禄16年(1703年)の大坂で実際に起こった心中事件を、浄瑠璃作者として有名な近松門左衛門が人形浄瑠璃として書いたものです。
実際の事件の概要は、恋仲であった大坂醤油問屋の手代(使用人)徳兵衛(25歳)と天満屋の芸子・お初(21歳)の2人が、徳兵衛が江戸へ転勤、お初は身請けされて田舎へと別れ別れになることを悲しんで梅田堤で心中するというものでした。
近松門左衛門は事件からわずか一ヶ月後にこの作品を書き上げ、人形浄瑠璃の舞台は大ヒットします。その後、歌舞伎化されて享保4年(1719年)に江戸の中村座で初演されました。初演時は二代目市川團十郎が主役の徳兵衛を演じています。
曽根崎心中の大ヒットによって、同じ近松作品の「心中天網島」など、「心中物」と呼ばれる作品が流行します。しかし実際の心中事件も多発するようになったので、心中物の上演は幕府によって禁止されました。
そういうこともあって曽根崎心中も初演以降はあまり上演されることがありませんでしたが、戦後になって歌舞伎作者・宇野信夫が新たに脚本を書き直したものを、昭和28年(1953年)8月に二代目中村雁治郎と中村扇雀(後の四代目坂田藤十郎)の父子共演で復活上演して大ヒットを記録します。
以降、歌舞伎では人気の演目の一つとなり、特にお初は藤十郎の専売特許と行っていいほどのあたり役となって、生涯で1,400回も演じているのです。
曽根崎心中の登場人物
曽根崎心中に登場する人物の人間関係相関図と詳細を一覧で紹介します。
曽根崎心中の人物相関図
曽根崎心中の登場人物の人間関係相関図は以下のようになっています。
曽根崎心中の登場人物一覧
曽根崎心中の登場人物の詳細を一覧で紹介します。
天満屋お初 |
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大阪の遊郭「北の新地」の天満屋の売れっ子遊女。客として相手をした徳兵衛と深い仲になっている。実在のモデルは21歳だったが作中の年齢は19歳となっている。 |
平野屋徳兵衛 |
醤油屋・平野屋久右衛門の元で丁稚から手代(使用人)になった苦労人。遊女のお初と深い馴染みの仲になっている。誠実な人物だが、お人好しでやや気が弱い。25歳。 |
油屋九平次 |
徳兵衛の友人だが、お初に横恋慕している。徳兵衛から借りた金を返さず、いいがかりをつけて踏み倒してしまう。 |
平野屋久右衛門 |
平野屋の主人で徳兵衛の叔父にあたる人物。徳兵衛に店を継がせようとして自分の女房の姪との縁談を勝手に進めてしまう。 |
天満屋惣兵衛 |
天満屋の主人。徳兵衛には同情的な立場。 |
下女お玉 |
天満屋の使用人として働いている女。寝ぼけて火打ち石を鳴らす。 |
手代 茂兵衛 |
九平次の元で働く手代。九平次が印鑑を亡くしたのが嘘だとばれたことを知らせに来る。 |
田舎客 儀兵衛 |
人のいい田舎者の金持ち。お初の客だがあまり相手にはされていない様子。 |
お初の年齢が実際の事件と違って19歳となっているのは、女性の厄年である19歳のときに心中することになったという設定のためのようです。徳兵衛は事件でも男性の厄年の25歳だったのでそのままとなっています。
曽根崎心中のあらすじと見どころ
曽根崎心中は、世話物としては近松門左衛門が最初に書いた作品ですが、ここでは現在の歌舞伎として上演されている宇野信夫に新たに脚色されたあらすじと見どころを紹介します。
生玉神社境内の場
大坂の生玉神社の境内に美しい遊女・お初を連れて田舎客・儀兵衛がやってきます。物真似を見に行こうとお初を誘う儀兵衛ですが、お初は少し疲れたから休んでいくと言うので、儀兵衛は一人で行ってしまいました。
残されたお初は女中たちに店の奥へ案内されますが、そこへ一人の傘をかぶった男性がやってくるのが目に止まります。お初が店の中から男性の様子を見ていると、傘を取ったその顔は、お初と深い馴染みの仲になっている徳兵衛でした。
偶然の再会を喜ぶ2人ですが、徳兵衛が言うには、主人の久右衛門が自分と久右衛門の姪の縁談を勝手に進めており、すでに徳兵衛の継母に持参金を払ってしまったとのこと。心配するお初に対して、徳兵衛はきっぱりとこの縁談を断り持参金も取り戻したと言い、お初は徳兵衛に抱きついて喜びます。
そこへ徳兵衛の友人・九平次が仲間を引き連れて現れます。徳兵衛は取り戻した持参金をどうしても金がいると頼む九平次に貸していましたが、九平次は金など借りていないと白を切るのです。
徳兵衛は九平次の印鑑がついた借用書を見せますが、なんと九平次はその印鑑は偽物だと騒ぎ立て、徳兵衛のほうが嘘をついているとまわりの人たちに焚きつけます。
これには徳兵衛も怒り出し九平次に食ってかかりますが、誰も信じてくれずにかえってボコボコに殴られてしまいます。
この騒ぎを避けるようにお初は駕籠に乗せられて行ってしまい、徳兵衛は金も信用も失ってスゴスゴと引き上げて行くのです。
北新地天満屋の場
お初は天満屋に戻ってきましたが、徳兵衛のことが心配で何も手につかない様子です。他の遊女たちや下女のお玉もお初を気遣いますが、お初は悲しみで涙を流すばかりです。
そこへ一人の裕福そうな男性が現れ、お初に会いたいと申し出ます。お初が顔を出すと、男性は徳兵衛の主人で叔父にあたる平野屋久右衛門であると名乗りました。
久右衛門はお初に会うなり、自分の店を継がせようとした徳兵衛がお初のせいで金遣いも荒くなり人が変わってしまった、今日も店に戻ってこないと文句を言い始めます。
お初は自分のせいで徳兵衛がそんなことになっていたことに驚き、久右衛門に徳兵衛が来たら連れ帰ってほしいと謝り、店の中で徳兵衛を待ってもらうことにしました。
久右衛門が店の奥にはいってほどなく、編笠で顔を隠した徳兵衛が天満屋の前に現れます。
お初が駆け寄り編笠を取ると、徳兵衛の額には大きな傷跡が残っています。すでに人々の信用も金も失った徳兵衛は、すでに覚悟を決めたとお初に伝えると、お初は徳兵衛を着物の裾に隠して店の床下に匿いました。
そこへ今度は九平次たちが現れます。もともとお初に気があった九平次は、酒を飲んでいい気になり徳兵衛はカタリ(詐欺師)だと悪口を言い始めますが、床下で聞いている徳兵衛は歯噛みして悔しがることしかできません。
このときお初は、床下の徳兵衛に聞こえるように、自分と心中の覚悟があるかと床下に素足を伸ばして問いかけます。すると徳兵衛はお初の足をまるで刃物のように自らの喉に押し当て、心中の覚悟を示しました。
床下の徳兵衛にお初が自らの足で心中の覚悟を問う場面は、女形が素足で演技をするという珍しい場面であり、官能的な雰囲気と情感あふれる見どころでもあります。
お初が独り言を言っているように聞こえる九平次たちは、気味悪がって店の奥へと入っていきます。天満屋の主人・惣兵衛に促されてお初も一旦奥に引っ込みますが、店の明かりが消えてから徳兵衛と二人で密かに抜け出そうとします。
扉を開ける音が聞こえないように、下女のお玉が寝ぼけて火打ち石を鳴らす音に合わせて少しずつ扉を開けた二人は、暗闇の中を手探りで心中の旅路へと急ぐのでした。
お初と徳兵衛が天満屋を抜け出して花道から引っ込むときに、お初が徳兵衛の手を取って先に駆けていく場面がありますが、これは四代目坂田藤十郎(当時・扇雀)が復活上演時に、急ぐお初の気持ちを表現しようとして思わず演じたものです。女形は立役(男性)より一歩下がるという歌舞伎の常識を覆す大きな見どころになっています。
曽根崎の森の場
暗闇の中を曽根崎の森へとたどり着いたお初と徳兵衛。
「此の世の名残り夜も名残り、死にゆく身をたとうれば、あだしが原の道の霜、一足ずつに消えてゆく、夢の夢こそあわれなり」
物悲しげな義太夫の詞が、2人の境遇の哀れを誘います。
縁談、義理、金と八方ふさがりになった徳兵衛は、自分を育ててくれた叔父・久右衛門への謝罪の言葉を述べながら、19歳という若さで自分と運命をともにするというお初を哀れみ、お初も自分の父母への思いから泣き崩れます。
ひとしきり此の世との別れを惜しんだ2人は、
「未来成仏うたがいなき恋の手本となりにけり」
という詞章とともに、最期の時を迎えるのでした・・・。
曽根崎心中と言えば坂田藤十郎
曽根崎心中と言えば真っ先に思い浮かぶ役者は、令和2年(2020年)に88歳で亡くなった四代目坂田藤十郎です。
藤十郎がまだ二代目中村扇雀を名乗っていた昭和28年(1953年)に復活上演されますが、このとき父親の二代目中村雁治郎が演じる徳兵衛を相手にお初を演じます。
当時20代の若さあふれる扇雀の新鮮な演技もさることながら、大股で歩いて切羽詰まった様子を表現したり、花道で立役の徳兵衛の手を取って先に駆け出す姿は、当時の女形の常識ではありえない演技として大きな話題になりました。
その後も、藤十郎は亡くなるまでにお初を1400回も演じるなど、専売特許と言っていいほどの当たり役としています。その伝統は息子の中村雁治郎、中村扇雀、そして孫の中村壱太郎へと引き継がれているのです。
曽根崎心中の上演情報
歌舞伎演目・曽根崎心中の上演情報を紹介します。
2024年2月 大阪松竹座
2024年2月の大阪松竹座「立春歌舞伎特別公演」で「曽根崎心中」が上演され、中村壱太郎がお初を演じ、尾上右近が徳兵衛を演じます。
まとめ:曽根崎心中は追い詰められた男女の純愛の物語
歌舞伎の世話物演目「曽根崎心中」について解説してきましたが、いかがでしでしょうか?
究極の男女の純愛が行き着く果ての心中という悲劇を描いた作品ですが、もともとは江戸時代に実際に起った心中事件を近松門左衛門が人形浄瑠璃として書き上げて大ヒットしたものです。
歌舞伎化されてからも実際の心中事件が多発するなど、当時の社会に大きな影響を与えたので幕府によって禁止されるほどでしたが、戦後になって二代目中村扇雀(後の四代目坂田藤十郎)によって新たな演出で復活すると、現在も歌舞伎の人気演目となっています。
ぜひ一度は実際の舞台で「曽根崎心中」の世界を堪能してみてくださいね。