寿曽我対面の見どころ解説!歌舞伎メインキャストが集う祝祭演目は必見
歌舞伎の「寿曽我対面」とは、「対面」と略されることもある、正月や襲名披露などのおめでたいときに上演されることが多い演目です。
曽我兄弟の仇討ちを題材にした「曽我物」と呼ばれるジャンルの一つですが、華やかで歌舞伎特有の様式美に溢れたところが大きな見どころになります。
ここでは、寿曽我対面のあらすじや見どころ、個性豊かな登場人物たちについて初めて見る人にもわかりやすく解説し、上演情報についても紹介していきます。
目 次
寿曽我対面のみどころとあらすじ
寿曽我対面は、「対面」と略されることもありますが、「寿」と名前についているように正月や襲名披露などのおめでたいときに上演される演目で、その由来は江戸時代に遡ります。
江戸歌舞伎では、鎌倉時代の出来事である曽我兄弟の仇討ちをテーマにした「曽我物」と呼ばれる芝居が人気を集めていました。
曽我兄弟は荒人神として江戸の庶民に信奉されており、正月に曽我物を上演することで、悪いことを払って一年の無事を祈ったと言われています。
中でも、曽我兄弟が親の仇である工藤祐経と対面する場面は多く上演されたので、おめでたいときの演目として現代まで続いているのです。
寿曽我対面の見どころ
寿曽我対面の大きな見どころは2つあります。一つは歌舞伎の典型的な役柄が勢揃いすることで、もう一つは様式美に溢れた美しい絵のようなポーズが見られることです。
歌舞伎の登場人物の役柄には一定のパターンがありますが、寿曽我対面では歌舞伎の典型的な役柄のほとんどを見ることができるのです。
男性のトップにあたる座頭が務める善人の立役(工藤祐経)。やわらかな演技で二枚目の和事の役(曽我十郎)と、荒々しい演技の荒事の役(曽我五郎)。女形のトップが務める立女形(大磯の虎)に、若い女形の若女形(化粧坂少将)。おもしろい演技の道化役(小林朝比奈)に、真面目で誠実な雰囲気の実事の役(鬼王新左衛門)。他にも悪そうな顔をした敵役(梶原親子)や、二枚目の敵役(近江小藤太)、二番手の二枚目役(八幡三郎)などが出揃います。
かつて正月に披露される寿曽我対面は、その劇場に登場する役者の年頭の顔見せという意味があり、配役を見れば一座の誰をトップにして構成されているのかや、役者の力量などが一目瞭然でわかると言われていました。現在でも、そこに並んだ役者の格位や位置づけを表したものになっています。
もう一つの見所が、様式美に溢れた美しいポーズです。
ラストでは登場人物たちが揃って歌舞伎特有のポーズである見得を決めるのです。全体が一枚の絵画のように美しく表現されるので「絵面の見得」と言いますが、歌舞伎の舞台の中でもこれほど壮大で美しい絵面は他には見当たりません。
座頭役の工藤祐経が友切丸(刀)を左手、扇子を右手に持ち鶴の形を作ります。和事役の曽我十郎、荒事役の曽我五郎、道化役の小林朝比奈の三人が五郎を中心に揃って富士山の形。実事役の鬼王新左衛門が床に平伏して亀の形を表すなど、それぞれの役が縁起物に見立てた形をとっています。このように何かに見立てた演出を、歌舞伎では「見立て」と呼びます。
芝居のラストを縁起のいいものに見立てた惚れ惚れするような美しい見得で締めるという、おめでたい舞台にふさわしい祝祭劇・寿曽我対面を見れば、縁起のよい一年が過ごせること間違いなしですね。
寿曽我対面のあらすじ
工藤祐経は源氏の大将・源頼朝のお気に入りの武将で、富士の麓で行われる巻狩(遊興や神事祭礼や軍事訓練のために行われる狩りのこと)の総奉行に任じられました。
祐経の館には、お祝いと年賀の宴で頼朝の家来・梶原親子や廓の遊女・大磯の虎や化粧坂少将など、大勢の客人が集まり賑わっています。そこに、小林朝比奈の取りなしで二人の兄弟(曽我十郎、曽我五郎)がお目通りを願いにやってきます。
この兄弟の実の父・河津三郎は、祐経との領地争いのときに誤って殺されてしまったという過去があり、兄弟は祐経を父の敵と18年も狙い続けていたのです。
二人の面差しから河津三郎の息子たちだと察した祐経は、河津の最期の様子を語りながらも、自分は殺してはいないとうそぶきます。そして二人に祝の盃を与えると、兄の十郎は冷静に受け取りますが、弟の五郎は血気にはやり盃を叩き割り、祐経を討とうといきり立ちます。
しかし祐経から、源氏の重宝である名刀・友切丸(兄弟の義父・曽我祐信が紛失)が見つからないと敵を討つことはできないと言われてしまいます。
悔しがる五郎と十郎ですが、そこに曽我家の忠臣・鬼王新左衛門が現れ、失われた友切丸を見つけ出したと持参するのです。
友切丸が戻り敵を討たんとはやる兄弟に対して、祐経は「富士の巻狩りの総奉行という大役を務めるまでは討たれるわけにはいかない」と言い、兄弟に狩場の通行切手を与えます。
父の仇を討とうとする兄弟の気持ちに感銘を受けた祐経は、あえて討たれるために再会を約束して幕となります。
登場人物は歌舞伎のキャラが大集合
寿曽我対面に出てくるキャラクターは、歌舞伎の典型的な役柄が勢揃いします。登場人物のそれぞれの役や背景について紹介します。
工藤佐衛門祐経 |
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座頭が務める善人の立役。曽我兄弟の仇敵で、源頼朝の命で富士の巻狩りの総奉行を務めることになっている。 |
曽我五郎時致 |
荒事の役。実の父親・曽我三郎の仇である工藤祐経の命を狙っている若侍。豪快な性格だが血気にはやるところがある。「助六由縁江戸桜」、「矢の根」、「外郎売」の主人公も曽我五郎となっている。 |
曽我十郎祐成 |
和事の役。五郎の兄で、ともに仇敵の工藤祐経を狙っている。弟と反対に温和な落ち着いた性格で、血気にはやる弟を押し止める。 |
小林朝比奈 |
猿隈と呼ばれるユーモラスな隈取と衣装が特徴的な道化役。工藤祐経の部下だが、曽我兄弟を祐経に引き合わせるなど兄弟に協力的。 |
小林妹・舞鶴 |
小林朝比奈の妹。台本によって兄・朝比奈の代わりに登場し、兄弟を祐経に引き合わせる。 |
梶原景時、梶原景高 |
悪人の敵役。源頼朝の家臣の親子。祐経の館で宴に参加している。五郎と十郎の兄弟に散々悪態をつく。 |
大磯の虎 |
女形のトップである立女形。大磯の廓の遊女として宴に呼ばれているが、十郎の愛人でもある。 |
化粧坂少将 |
若い女形のトップである若女形。大磯の廓の遊女として宴に呼ばれているが、こちらは五郎の愛人という設定。 |
鬼王新左衛門 |
誠実な成人男性の実事の役。曽我家の忠臣であり、失われた重宝・友切丸を見つけ出して兄弟のもとに持参する。 |
近江小藤太 |
二枚目の敵役。祐経の傍らに控えている。祐成の命で八幡三郎と共に曽我兄弟の実父・河津三郎を襲った人物。 |
八幡三郎 |
十郎に続く白塗り顔の二枚目役。祐経の傍らに控えている。祐成の命で曽我兄弟の実父・河津三郎を襲い、その放った矢が当たり河津は絶命する。 |
寿曽我対面の台本は?
寿曽我対面の初演は、延宝4年(1676年)2月の江戸中村座と言われますが、曽我兄弟が工藤祐経と対面する場面は承応4年(1655年)より始まっているとされます。
鎌倉時代に実在した曽我兄弟の話を元に、日本での最初の仇討物語として作られたものですが、江戸時代から何度も上演され続け、シンプルなストーリーは多くの工夫が加えられてきました。
現在上演されている台本は、歌舞伎作者・河竹黙阿弥による台本を元に明治36年3月の歌舞伎座で上演されたものと言われています。
曽我兄弟の仇討ちとは?
歌舞伎の芝居には曽我物と言われる曽我兄弟の仇討ち物語を元にしたものがいくつかありますが、それはどのような内容なのでしょうか。
時は平安時代から鎌倉時代へと代わろうとするころ、伊豆国の豪族・河津三郎は工藤祐経との領地争いのいざこざで命を落とします。
河津三郎の妻・満江御前は、その後・鎌倉幕府の御家人・曽我祐信と再婚し、二人の息子・十郎と五郎は曽我姓を名乗ることになります。
それから18年の歳月が流れ、立派な青年に成長した二人の兄弟は、建久3年(1193年)5月28日、源頼朝によって富士の裾野で行われた大規模な巻狩りの夜に、祐経の寝所に押し入り、見事仇討ちを果たします。
しかし、兄の十郎はその場で討ち取られ、弟・五郎も捕らえられて、後に首を打たれることになります。
この事件が後に「曽我物語」と呼ばれ、江戸時代には歌舞伎だけでなく、能、浄瑠璃、浮世絵などの題材となり、赤穂浪士の討ち入りの「忠臣蔵」、荒木又右衛門で有名な「伊賀越の仇討ち」と並んで三大仇討ちと呼ばれ、多くの庶民の人気を集めることになるのです。
歌舞伎の演目で現在もよく上演されるのは、「寿曽我対面」の他には、「助六由縁江戸桜」、「外郎売」、「矢の根」などがあり、舞踊として「正札付根元草摺」、「雨の五郎」などがあります。
寿曽我対面の上演情報
歌舞伎演目「寿曽我対面」の上演情報を紹介します。
2024年10月 歌舞伎座
2024年10月の歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」で「寿曽我対面」を元にした「音菊曽我彩」が上演され、尾上右近が曽我十郎の幼名である一万、尾上眞秀が曽我五郎の幼名である箱王を演じます。
また、アシェットコレクションシリーズからDVDも発売されています。
歌舞伎特選DVDコレクション 全国版(2) 2019年 9/25 号 [雑誌]
まとめ:寿曽我対面で歌舞伎のお祭り気分を味わおう!
寿曽我対面は、正月や襲名披露などのおめでたい場面で上演されることが多い縁起物の演目です。
曽我兄弟の仇討ち物語を元にした、曽我物の演目の一つですが、歌舞伎の様々な役柄を見ることができ、ラストで見られる様式美に溢れた見事な絵面の見得は惚れ惚れするような美しさで観るものを感動させます。
華やかな祝の場面に相応しい演目、寿曽我対面を、ぜひ歌舞伎の舞台で味わってくださいね。