【歌舞伎】四谷怪談のあらすじ解説!今も残るお岩さんの怨念とは?
歌舞伎の演目「四谷怪談」は、代表的な怪談話であり、お岩さんの名前でも有名ですが、その裏には様々なドラマが隠されているのをご存知でしょうか?
ここでは、「四谷怪談」の元になった事件や、芝居の中での複雑な人間関係と話のあらすじ、また現代にも伝わるお岩さんの祟についてなどをわかりやすく解説していきます。
また、四谷怪談に使われる数々の驚きの仕掛けや、歌舞伎の上演情報、四谷怪談を得意とする役者さんなども紹介していくので、ぜひ観劇の参考にしてくださいね。
目 次
四谷怪談とは?
四谷怪談は本外題(正式名称)を「東海道四谷怪談」と言い、江戸時代の歌舞伎作者・四代目鶴屋南北によって書かれた世話物の作品で、代表的な怪談話としても有名です。
初演されたのは文政八年(1825年)七月の江戸・中村座で、お岩を演じたのは二枚目役者として人気があった三代目尾上菊五郎でした。
全五幕十一場の大作ですが、歌舞伎三大名作の一つ「仮名手本忠臣蔵」のサイドストーリーとして書かれたものなので、登場人物達の境遇は「忠臣蔵」の話とつながりがあります。
イケメンなのに悪人の主人公の悪辣ぶりと、死してなお凄まじい女の怨念を複雑な心理描写と驚きの仕掛けで描き出した作品で、当時の人々の生活をリアルな演出と演技で描き出した「生世話物」の傑作です。
四谷怪談の複雑な人物相関図
複雑な因縁で絡み合った四谷怪談の登場人物たちの相関図と、それぞれの人物像を一覧で紹介します。
「四谷怪談」人物相関図
四谷怪談の主な登場人物の相関図は以下のようになっています。
「仮名手本忠臣蔵」が物語のベースになっているので、伊右衛門や四谷左門は忠臣蔵で御家断絶になった塩冶判官の家臣、伊藤喜兵衛は塩冶判官を切腹に追い込んだ高師直の家臣という設定になっています。
「四谷怪談」登場人物一覧
民谷伊右衛門 |
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お岩の旦那だが後に離縁することに。色男だが悪事を働く「色悪」という役。「仮名手本忠臣蔵」でお家断絶になった塩冶家の浪人。 |
お岩 |
伊右衛門の美人妻。塩谷家浪人の四谷左門の長女、お袖は妹。夫の伊右衛門に裏切られた恨みから亡霊となる。 |
お袖 |
お岩の妹。塩谷家の断絶により夫の与茂七とは離れ離れになっている。生計をたてるために地獄宿(売春宿)で働いている。 |
佐藤与茂七 |
お袖の夫。四十七士の一人であり、仇討の準備のために妻にも居場所を告げることができない。 |
直助権兵衛 |
元塩冶家の家臣の下僕だったが今は薬売りをやっている。お袖に横恋慕し夫の与茂七を殺そうとする。その後、お袖と結婚することになるが、実はお袖の実の兄。途中で直助から権兵衛へ改名する。 |
四谷左門 |
お岩とお袖の父。伊右衛門の悪事を知りお岩と離縁させるが、そのことで伊右衛門に恨まれ殺されてしまう。 |
奥田庄三郎 |
塩冶家の浪人。与茂七と間違われて直助に殺され、証拠が残らないように顔の皮を剥がれる。 |
伊藤喜兵衛 |
伊右衛門夫婦の隣に住む裕福な武士であり、塩冶家の敵である高師直の家臣でもある。孫娘のお梅が伊右衛門に惚れていることを知り、孫娘のためにお岩に毒を盛って殺害しようとする。 |
お梅 |
伊藤喜兵衛の孫娘。色男の伊右衛門に惚れている。喜兵衛の悪巧みで伊右衛門と祝言をあげることになるが、その伊右衛門に殺されることに。 |
あんま・宅悦 |
あんまであり地獄宿(売春宿)の経営者でもある。お岩に同情して伊右衛門とお梅が祝言をあげることを暴露する。 |
小仏小平 |
伊右衛門の下男。以前仕えていた主人の病気を治すために民谷家の秘伝薬を盗もうとするが、伊右衛門に見つかり換金され最後は殺されてしまう。 |
お熊 |
伊右衛門の実母。伊右衛門が死んだとみせかけるために卒塔婆をたてるが、お岩の亡霊に取り殺される。 |
お弓 |
お梅の母。父と娘を殺した伊右衛門に復讐しようと流浪していたが伊右衛門に川に蹴り落とされて殺される。 |
秋山長兵衛 |
伊右衛門の手下。お岩をいじめていたが、亡霊となったお岩に仏壇に引き込まれて殺される。 |
四谷怪談のあらすじ
四谷怪談は全五幕十一場の大作になりますが、幕ごとのあらすじを紹介します。
【序幕】浅草観音境内の場・按摩宅悦内の場・裏田圃の場
塩谷家が御家断絶になったために浪人となった四谷左門には、お岩とお袖という美しい娘がいました。
生きていくために左門は袖乞い(こじき)、お岩は夜鷹(売春婦)、お袖は昼は楊枝屋で働き夜は地獄宿(売春宿)で働くという苦しい生活でした。
ある日左門は非人たちに襲われているところを一人の男に助けられます。男の名は民谷伊右衛門といい、かつて塩谷家の武士でお岩の夫でしたが、公金横領がばれて今は離縁されています。
左門を助けた伊右衛門はお岩との復縁を迫りますが、左門は受付けないので殺意を抱いて別れます。
一方、お袖が働く地獄宿では、かつて塩谷家の奉公人として仕えていた直助がお袖に惚れて言い寄ってきましたが、そこに偶然現れたお袖の夫・佐藤与茂七によって追い払われ、直助は与茂七に殺意を抱きます。
お袖と与茂七は久々の再開を喜びますが、主君の敵討ちのために密かに奔走する与茂七は、敵に悟られないように同士の奥田庄三郎と衣服を取り替えて再びどこかへ消えます。
ところが、与茂七に恨みを抱く直助が庄三郎を与茂七だと勘違いして殺害し、証拠隠滅のために顔の皮を剥ぎ取ります。
奇しくも同じ場所で伊右衛門が左門を斬り殺しており、旧知の仲でもある直助と伊右衛門は共謀してお岩とお袖を騙し、それぞれの敵討ちを約束するのです。
【二幕目】 伊右衛門浪宅・伊藤喜兵衛宅の場
伊右衛門とお岩の間に男の子が生まれますが、相変わらず貧しい暮らしが続いていることに伊右衛門は不満をつのらせます。
産後の肥立ちが悪いお岩に対しても冷たく当たるようになり、下男の小仏小平が民谷家の秘伝の薬を盗もうとしたのを捕らえて監禁してしまいます。
そこへ隣に住む裕福な伊藤喜兵衛から、お岩へのお見舞いにと薬が届けられますが、これはお岩を亡き者にして孫娘のお梅と伊右衛門を結婚させようと企んだ喜兵衛が仕込んだ毒薬でした。
そうとは知らずに伊右衛門が伊東家へお礼に行っている間にお岩は薬を飲んでしまい、顔が醜くただれてしまいます。
一方、伊藤家でお梅との婚礼話を持ちかけられた伊右衛門は、醜い顔になったお岩との離縁を決意し、金目の物を持ち去っていくのです。
民谷家に手伝いに来ていた按摩の宅悦が、お岩を哀れに思って毒薬のことと伊右衛門が今夜お梅と内祝言をあげることを明かすと、怒りに震えるお岩は伊藤家へと乗り込もうと身支度を始めます。
すると、髪を梳くたびにお岩の毛が抜け落ち、血が滴り落ちるのです・・・。
「うらめしぃ・・・伊右衛門どのぉ・・・伊藤一家の者どもぉ・・・」(お岩)
すさまじい恨みを抱いたまま、お岩は絶命しました。
お岩が死んだことを知った伊右衛門は、監禁していた小仏小平も殺し、戸板の表裏に二人の遺体を打ち付けて川に流してしまいます。
そこへ花嫁姿のお梅と喜兵衛がやってきて、いざ祝言をあげることになりますが、お梅が顔を上げるとその顔はお岩の顔! 驚いた伊右衛門が斬りつけますが、斬られたのはお梅でした。
動揺した伊右衛門が喜兵衛のほうを見ると、そこには殺したはずの小仏小平が! 再び斬りつけますが、やはりそれは喜兵衛でした。
これがお岩の怨念による復讐の始まりだったのです。
【三幕目】 砂村隠亡堀の場
父・喜兵衛と娘・お梅を伊右衛門に殺された伊藤家のお弓は、仇を討とうと伊右衛門を探して今は隠亡堀の側で生活していました。
伊右衛門も隠亡堀へやってきて、自身の母・お熊と再開すると、お熊は伊右衛門が死んだと見せかけるために卒塔婆を立てます。
卒塔婆を見て伊右衛門が死んだと思い込んだお弓ですが、そのすきに伊右衛門に堀に蹴り落とされてしまうのです。
権兵衛と名を変えた直助もやってきて伊右衛門の非情さに感心していると、
「首が飛んでも動いてみせるわ」(伊右衛門)
帰ろうとする伊右衛門の前に戸板が流れてきます。伊右衛門が戸板を引き上げると、なんとそこには死んだはずのお岩が! そして裏返すと小仏小平に!
伊右衛門へ怨みの言葉を吐き続けるお岩と小平。たまらず刀で切りつけると、一瞬で骸骨になってしまいました。
恐れおののく伊右衛門が戸板を堀に蹴落とすと、水門から与茂七が現れ、伊右衛門、お岩、権兵衛とともに暗闇の中での探り合いになります。
【四幕目】 深川三角屋敷の場
与茂七のことが忘れられず形だけの夫婦として直助と暮らしていたお袖でしたが、お岩の死を暗示するような出来事が起こり不安を感じていました。
そんなおり按摩の宅悦が現れ、お岩の死の真相をお袖に伝えます。
お袖は驚きながらも仇の伊右衛門を討つことを決意し、加勢することを条件に直助に体を許してしまいました。
ところが、そこへ死んだはずの夫・与茂七が現れます。お袖は驚きながら、与茂七には直助を、直助には与茂七を討たせると誓ってしまいます。
行燈の灯が消えたのを合図に暗闇の中で与茂七と直助が斬り合うと、倒れたのはお袖でした。
死の間際にお袖が渡した出生の証には、なんと直助とお袖が兄妹だという証拠が!
お袖が実の妹と知った直助は、その場で自害して果てるのです。
【大詰】 蛇山庵室の場
お熊の手引で伊右衛門は蛇山の庵室に逃れますが、毎晩のようにお岩の亡霊に苦しめられています。
お熊や手下の秋山長兵衛も取り殺され、伊右衛門は逃げ出そうとしますが、そこへ与茂七と小平の妻・お花が捕り手を従えてやってきました。
お岩の亡霊にとりつかれた伊右衛門は立ち廻りの末に与茂七とお花によって打ち取られます。
こうして、お岩を始め伊右衛門に殺された多くの人々の怨みがようやく晴らされたのでした。
四谷怪談の驚きの仕掛けとは?
四谷怪談はお岩が亡霊となって様々な祟を起こしていきますが、亡霊の仕業であることを驚きの仕掛けと演出で表現しています。
これらの仕掛けは「ケレン」と呼ばれますが、四谷怪談で使われるものを以下に紹介します。
戸板返し |
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【砂村隠亡堀の場】で、川に流れてきた戸板に貼り付けられたお岩が、戸板をひっくり返すと一瞬で小平に変わり、斬りつけると骸骨に変わる仕掛け。 戸板は頭の部分が空いていて、小平の体は人形でできた作り物が貼り付けられている。戸板をひっくり返している間に |
提灯抜け |
【蛇山庵室の場】で、燃える提灯の中からお岩の亡霊が現れる仕掛け。 提灯の裏にある大きな箸箱の蓋のような装置に役者がうつ伏せに乗って、それがスライドして前に出てくる。 |
仏壇返し |
【蛇山庵室の場】で、仏壇の前に腰掛けた長兵衛が後ろから出てきたお岩に襟首を掴まれ、そのまま仏壇の中に引きずり込まれる仕掛け。 仏壇の後ろは水車のように回転するようになっており、お岩に掴まれた長兵衛が後ろに回転して引き込まれると、下側にも仕掛けられたうひとつの仏壇が表に出てくるようになっている。 |
他にも、【伊右衛門浪宅の場】で毒薬を飲んで顔が崩れたお岩が身だしなみを整えようとして髪を梳くたびに毛が抜け落ち血が滴る「髪梳き」の場面は、見るものをゾットさせる恐ろしさと騙されたお岩の悲しみと怨念を切々と表現する場面であり、お岩役者の大きな見せ所です。
また、隠亡堀で伊右衛門、与茂七、直助、お岩による暗闇での立ち廻り「だんまり」も、歌舞伎ならではの様式美を感じさせる大きな見せ場となっています。
お岩さんは実在した? 祟りは本当か?
四谷怪談を上演すると「お岩さん」の祟で悪いことが起こるという説がありますが、本当でしょうか?お岩さんにはモデルとなる人物と実際の事件がありました。
モデルとなった人物は東京の四谷に住んでいた下級武士・田宮家の娘「お岩」です。
お岩は浪人の伊右衛門を婿に迎えますが、伊右衛門の上司に当たる伊東喜兵衛が自分の妾が妊娠してしまったのを部下の伊右衛門に押し付けるために、お岩をいじめて離縁させ、家から追い出したのです。
お岩は発狂してどこへ行ったのかわからなくなってしまいましたが、それから伊右衛門の周りでは変死する人が続出したそうです。
この事件を元に「お岩さん」の祟りが描かれることになりますが、江戸時代の舞台では伊右衛門を演じる役者は病気になると言われるなど、今でもお岩さんの祟りは語り継がれています。
現代の歌舞伎の舞台においても、四谷怪談を演じる際にはお岩を演じる役者や制作会社などは、お岩さんゆかりの神社やお墓に参って舞台の無事を祈願しています。
2021年9月の歌舞伎座で「四谷怪談」が上演されていますが、このときお岩を演じる坂東玉三郎は、上演前にお岩さんゆかりの「妙行寺」「於岩稲荷田宮神社」「陽運寺」を参拝し、公演の安全を祈願しています。
四谷怪談といえばこの役者
四谷怪談では美しいお岩が薬を飲んで醜く変貌していく場面が、見ている者ををゾッとさせる大きな見せ場になっています。
女形にとって迫真の演技が求められる役柄でもありますが、これまでどんな役者がお岩を演じてきたのでしょうか?
初めてお岩を演じたのは、江戸時代に活躍した三代目尾上菊五郎です。自他共に認める美男子だった三代目菊五郎が演じて大当たりとなったお岩は、尾上家の家の芸として精巧な演出が伝えられています。
戦後の上演記録では、六代目中村歌右衛門が5回、十七代目中村勘三郎と二代目中村雁治郎が4回演じているのが目立ちますが、昭和から平成にかけて十八代目中村勘三郎が8回演じているのが最多のようです。
先代の十七代目から中村屋にとっても重要な役になっているのか、十八代目の息子である中村勘九郎・中村七之助兄弟もお岩を演じています。
令和元年に七之助が京都南座でお岩を演じたときは、真っ暗な中の観客席に出現するという演出でお客さんを大いに怖がらせていました。
また、お岩の夫で典型的な“色悪”の民谷伊右衛門を演じてきた役者についてはどうでしょうか?
こちらは松本幸四郎家が演じていることが多く、初代松本白鸚が4回、二代目松本白鸚が3回、十代目松本幸四郎が1回演じています。十代目幸四郎はお岩も演じたことがあり、戦後の記録でお岩と伊右衛門の両方を演じたことがあるのは彼だけのようですね。
平成に入ってからは八代目中村芝翫が6回伊右衛門を演じており、これが近年では最多となっています。
お岩は尾上家の家の芸と書きましたが、なぜか当代の七代目尾上菊五郎はお岩も伊右衛門も演じていません。しかし、平成25年には息子の尾上菊之助がお岩を演じているので、ぜひ尾上家の家の芸として伝えていってほしいものですね。
四谷怪談の上演情報
怪談物の定番として人気の「四谷怪談」の上演情報を紹介します。
2024年6月 博多座
2024年6月の博多座「六月博多座大歌舞伎」で四谷怪談が上演され、尾上右近がお岩、尾上松也が伊右衛門を演じます。
まとめ
歌舞伎の演目で有名な怪談話「四谷怪談」について解説してきました。
四谷怪談は実際に江戸時代にあった事件を元にしており、忠臣蔵のサイドストーリーでもあります。
夫・伊右衛門を怨んで幽霊となったお岩さんの凄まじい怨念を、驚きの仕掛けと演出で描き出す怪談物の傑作と言われる作品ですが、その恐ろしさは上演すると祟りがあるとも言われるほどです。
歌舞伎屈指の恐ろしさを誇る怪談話「四谷怪談」を、ぜひ一度味わってみてくださいね。