2026年3月22日

「藤娘」は歌舞伎女形の可憐な名作舞踊!あらすじと見どころを解説

「藤娘」は歌舞伎女形の可憐な名作舞踊!あらすじと見どころを解説

藤娘ふじむすめとは、歌舞伎を代表する人気舞踊の一つで、女形役者が一人で踊る華やかな演目です。

幻想的な舞台美と、恋に揺れる女性の心情を表現した踊りは、歌舞伎を知らない初心者でも楽しめる作品として知られています。

2025年に公開され、大きな話題になった映画『国宝』でも、女形の人間国宝として描かれる主人公が『藤娘』を演じる場面が登場します。

この記事では歌舞伎舞踊の『藤娘』について、その成り立ちあらすじ見どころなどを歌舞伎を知らない人にもわかりやすく解説し、『藤娘』を得意とする女形役者や、上演情報DVDなどについても紹介していきます。

歌舞伎舞踊『藤娘『とは?

『藤娘』は藤の精が女性の様々な心情を演じる舞踊

『藤娘』の誕生と変遷

歌舞伎舞踊の『藤娘』は、文政9年(1826)に江戸の中村座で初めて演じられた、『哥へすがへす余波大津絵かえすがえすおなごりおおつえ』の一部でした。

この演目は、一人の踊り手が「藤娘」「天神」「奴」「船頭」「座頭」の五人に変化する変化舞踊と呼ばれるもので、その中の「藤娘」の部分だけが独立して上演されるようになったものです。

ところが、昭和12年(1937)3月、歌舞伎座で六代目 尾上菊五郎おのえきくごろうが上演した際に、大きな転換が訪れます。

それまでの「絵から抜け出す」設定をやめ、藤の精が松に絡んで舞う現在の形へと改められました。振り付けは、歌舞伎舞踊で名高い舞踊家・二世 藤間勘祖ふじまかんそによるものです。舞台も、藤の花が垂れ下がる華やかなものへと一新されています。

さらに、幕開きは暗いまま幕が上がり、長唄の一節に合わせて一気に明るくなる演出へと変えられ、歌舞伎作家・岡鬼太郎おかおにたろうの作詞による「藤音頭」が加わるなど、現在の『藤娘』につながる形が整えられました。

当時この演出は、「新藤娘」「藤娘の破壊」などと評されるなど賛否両論ありましたが、現在では『藤娘』といえば、この六代目 菊五郎の演出が定番となり、女形の踊る人気舞踊として広く親しまれています。

📌 解説:大津絵とは?🧑‍🏫
江戸時代に琵琶湖周辺を通る旅人向けに描かれた土産用の絵画です。『藤娘』の変化舞踊は、こうした絵から人物が抜け出して踊るという趣向で作られていました。

「藤音頭」と「潮来出島」という二つの系統

舞踊『藤娘』には、大きく分けて「藤音頭」と「潮来出島」という二つの系統があります。

もともとは大津絵の変化舞踊の一部で、「潮来出島」の旋律が用いられていましたが、六代目 尾上菊五郎は『藤娘』を独立させる際に、藤の精が娘の姿で踊る現在の形へと改め、「藤音頭」を取り入れて華やかな舞踊へと発展させました。

一方で、同じ藤間勘祖の振り付けをもとに、六代目 中村歌右衛門なかむらうたえもんは「潮来出島」を用いた『藤娘』を新たに創作しています。こちらは人間の娘としての設定で踊られるのが特徴です。

現在は「藤音頭」での上演が主流ですが、「潮来出島」にも素朴で叙情的な魅力があり、近年では六代目歌右衛門の系譜を継ぐ中村莟玉なかむらかんぎょくが踊ったことで、再び注目を集めました。

『藤娘』のあらすじと見どころ

幻想的な藤の花
真っ暗な舞台で幕が開くと、「若紫に十返りの、花を現す松の藤浪…」と長唄が静かに流れ始めます。

次の瞬間、パッと明かりが灯ると、そこには大きな松に絡みつく藤の花が一面に咲き誇り、その下に黒塗りの傘をかぶった美しい娘が佇んでいます。

しかし、この娘はただの人間ではありません。若い娘の姿を借りた藤の精なのです。

傘をかぶったまましっとりと舞ったかと思うと、ふっと松の陰へ姿を消し、今度は傘を手に藤の花をかき分けながら再び現れます。

やがて舞台は「クドキ」へ。近江八景を織り込んだ長唄にのせて、浮気な男に恋い焦がれ、心を乱される娘の想いが艷やかに描かれます。

再び姿を消した娘は、衣装を変えて登場し、この舞踊の大きな見せ場である「藤音頭」へと移ります。酒にほろ酔いとなった藤の精が、どこか浮き立つように舞うこの場面は、藤に酒をかけると花の色がよくなるという俗信をもとにしたものです。

さらに、袖を脱いだ軽やかな姿で踊り地おどりじ手踊り)を見せ、舞台はしだいに夕暮れへ。

やがて鐘の音が響くと、再び藤の枝を肩に担いだ娘が現れます。春の名残を惜しむように静かに佇み、そのまま美しい立ち姿のまま幕となります。

藤娘の長唄の歌詞

藤娘は歌舞伎音楽の長唄の演奏に合わせて演じられますが、演じる役者や公演によって歌詞が少し変わることもあります。

ここでは第四期の歌舞伎座が建て替えられる時の「歌舞伎座さよなら公演」で、四代目 坂田藤十郎が『藤娘』を演じたときの歌詞を以下に紹介します。

若紫に十返りの
花を現す松の藤浪
昔ながらに咲く花の
時に近江の待つの藤浪
人目せき傘塗傘しゃんと
振りかたげたる一枝は
紫深き水道の水に
染めて嬉しき由縁ゆかりの色の
いとしと書いて藤の花
エエしょんがいな
裾もほらほらしどけなく

男心の憎いのは
外の女子ほかのおなごに神かけて
粟津あわず三井みいのかね言も
堅い誓いの石山に
身は空蝉うつせみの唐崎や
待つ夜をよそに比良の雪
解けて逢瀬の
あた妬ましい
ようもの瀬田に
わしゃ乗せられて
文も堅田の片便り
心矢橋のかこちごと

藤の花房 色よく長く
可愛がろとて
酒買うて飲ませたら
うちの男松おまつ
絡んでしめて
てもさても
十返りとかえりという名の憎くや
帰るというは忌み言葉
花もの言わぬためしでも
知らぬ素振りは奈良の京
杉にすがるも好きずき
松にまとうも好きずき
好いて好かれて
はなれぬ仲は
常盤木ときわぎ
立ちも帰らで
君と我とか
おお嬉し おお嬉し

松を植よなら
有馬の里へ
植えさんせいつまでも
変わらぬ契り
かいどりつま
よれつもつれつ
まだ寝が足らぬ
宵寝枕の
まだ寝が足らぬ
藤に巻かれて
寝とござる
アア何としょか
どうしょうかいな
空も霞の夕照りに
名残惜しみて
帰る鴈がね

― 歌舞伎座さよなら公演『藤娘』




藤娘といえばこの女形役者

『藤娘』は上演時間こそ20分ほどですが、舞台上でたった一人で演じられるため、女形役者にとっては大きな見せ所となる舞踊です。

六代目 菊五郎の改変以降、多くの名女形が演じてきましたが、中でも最多となる27回の上演回数を誇るのが、六代目 菊五郎の養子でもある七代目 尾上梅幸おのえばいこうで、次に続くのは四代目 中村雀右衛門なかむらじゃくえもんの21回があり、この二人が群を抜いています。

七代目 中村芝翫なかむらしかんも『藤娘』を得意としており、12回演じています。

芝翫は子供の頃、六代目 菊五郎が藤間勘祖による新たな振り付けを行う現場を間近で見ていました。そして、その動きをすべて覚えて踊っていたそうです。後に藤間勘祖が芝翫の『藤娘』を見て、「私の作った『藤娘』をちゃんと踊ってくれて嬉しかった」と言ったほど忠実に再現されていたことがうかがえます。

現役では、人間国宝でもある名女形の坂東玉三郎ばんどうたまさぶろうが14回と高い上演実績を誇ります。自主公演などで演じるだけでなく、二人の藤娘が登場する『二人藤娘』として、中村七之助なかむらしちのすけ中村児太郎なかむらこたろうと共演し、次代の女形へ自らの芸を舞台上で伝えることも忘れていません。

2021年1月の新橋演舞場で行われた「初春海老蔵歌舞伎」では、市川海老蔵(現・十三代目 團十郎)の長女・市川ぼたんが、9歳という若さで『藤娘』を一人で演じました。

近年において、大きな舞台で歌舞伎役者ではない女性が『藤娘』を演じた記録は、大阪・新歌舞伎座で1990年6月に女優の高田美和が演じて以来であり、9歳という年齢はおそらく最年少での上演と考えられます。

男性の歌舞伎役者とはまた違ったかたちで、幼い少女が年頃の娘の恋心を演じるというのはなんとも不思議な感じでしたが、しっかりと踊っていたのはさすが歌舞伎役者の娘だというところでしょうか。

5年後、10年後、市川ぼたんが『藤娘』をどう演じるのか――その成長を追いかけていくのも、この演目の楽しみの一つと言えるでしょう。

『藤娘』の上演情報

藤娘』は、ほぼ毎年のように上演される人気の歌舞伎舞踊です。上演情報を以下に紹介します。

2026年4月 「MEET KABUKI -The Art of “Onnagata” Europe Tour 2026-」

2026年4月に中村鷹之資による初の海外公演「MEET KABUKI -The Art of “Onnagata” Europe Tour 2026-」が欧州三都市で行われ、鷹之資が『藤娘』を演じます。

【2026年4月】歌舞伎公演情報 名作と特別感が彩る春!菊五郎の三役からルパン、海外公演まで
【2026年4月】歌舞伎公演情報 名作と特別感が彩る春!菊五郎の三役からルパン、海外公演まで

2026年7月 松竹大歌舞伎巡業公演

2026年7月に、襲名後初の巡業となる八代目 尾上菊五郎が『藤娘』を披露します。
>> 松竹大歌舞伎 〜尾上菊之助改め 八代目 尾上菊五郎襲名披露〜




『藤娘』が見られるDVD

現在、発売されている『藤娘』が見られるDVDは以下のものがあります。


現在上演されている『藤娘』の形を作った六代目 菊五郎の養子である七代目 尾上梅幸が、藤の精を演じる貴重な映像を収録したDVDです。ほかにも七代目 中村芝翫の『保名』、坂東玉三郎の『鷺娘』も収録されています。


現在最高の女形・坂東玉三郎による『藤娘』です。至高の女形舞踊が堪能できる作品は必見です。

まとめ:歌舞伎女形が華麗に舞う『藤娘』を見よう

歌舞伎舞踊の名作『藤娘』について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか?

もともとは大津絵をもとにした変化舞踊の一部でしたが、六代目 尾上菊五郎の改変によって、現在のような人気の女形舞踊へと発展しました。

誰にでも親しみやすく、初めての人でも楽しめる一方で、七代目 尾上梅幸や四代目 中村雀右衛門、七代目 中村芝翫、坂東玉三郎といった名女形によって磨かれ、奥深い魅力を持つ演目となっています。

2021年には市川團十郎の長女・市川ぼたんが9歳で演じ、2026年には中村莟玉が「潮来出島」で踊るなど、新たな広がりも見せています。

華やかさと切なさが交錯する『藤娘』――
これから観る人も、すでに観たことがある人も、その世界にぜひ一度浸ってみてください。




参考資料

【書籍📚】
増補版 歌舞伎手帖
歌舞伎ハンドブック
あらすじで読む 名作歌舞伎50選
最新版 歌舞伎の解剖図鑑
役者がわかる!演目がわかる!歌舞伎入門
ふれてみよう伝統芸能 歌舞伎ってなんだ!?
「2026年1月 新春浅草歌舞伎筋書」

【ウェブサイト🌐】
歌舞伎美人
歌舞伎オンザウェブ
文化デジタルライブラリー

※本記事の制作について
一部AIを用いたライティング・画像編集支援を行っていますが、最終的な編集・事実確認・表現調整はすべて人の手で行っております。