尾上松緑の歌舞伎家系図!紀尾井町の若旦那は豪快で情に溢れた苦労人

歌舞伎役者・四代目 尾上松緑は、若くして父と祖父を亡くしながらも、音羽屋の芸を受け継いできた立役です。
二代目 尾上辰之助を名乗っていた頃には、市川新之助(現・十三代目 市川團十郎)、尾上菊之助(現・八代目 尾上菊五郎)とともに「平成の三之助」と呼ばれて人気を博しました。
現在は、豪快な荒事から情感あふれる世話物、藤間流家元としての舞踊まで幅広く活躍し、歌舞伎界を支える存在となっています。
この記事では、四代目 尾上松緑の歌舞伎家系図やプロフィール、父や息子など松緑家の役者たち、さらに本人が席亭(主人)を勤める配信企画「紀尾井町家話」などについて紹介していきます。
歌舞伎役者「尾上松緑」の家系図
四代目 尾上松緑を中心とした歌舞伎家系図は以下のようになっています。

四代目 尾上松緑は、歌舞伎界でも屈指の名門・音羽屋の血筋を受け継ぐ立役です。
祖父は、七代目 松本幸四郎の三男として生まれた二代目 尾上松緑。東京・千代田区の紀尾井町に住んでいたことから「紀尾井町の松緑さん」と親しまれ、大向うの掛け声も「紀尾井町」と呼ばれていました。
父は、“昭和の三之助”として歌舞伎人気を牽引した初代 尾上辰之助。若くして亡くなった後、その功績を讃えて三代目 尾上松緑を追贈されています。
さらに遡ると、初代 尾上松緑は江戸時代中期に活躍した名優で、その養子が後に大名跡となる三代目 尾上菊五郎を襲名。現在へ続く音羽屋の流れへと繋がっていきました。
四代目 松緑は2001年に元宝塚女優の珠希かほと結婚(現在は離婚)。長男の藤間大河は後に三代目 尾上左近、そして三代目 尾上辰之助を襲名し、親子三代にわたって「辰之助」の名を受け継ぐことになります。
歌舞伎役者「尾上松緑」のプロフィール
四代目 尾上松緑のプロフィールを以下に紹介します。
| 📜 名跡 | 四代目 尾上松緑(おのえ しょうろく) |
|---|---|
| 🎂 生年月日 | 昭和50年(1975)2月5日 |
| 🖊️ 本名 | 藤間 あらし |
| 🏮 屋号 | 音羽屋(おとわや) |
| 🎴 家紋 | 【定紋】四ツ輪に抱き柏 |
| 🎌 初お目見得 | 昭和55年(1980)1月 国立劇場 『山姥』の怪童丸で初お目見得 |
| 👶 初舞台 | 昭和56年(1981)2月 歌舞伎座 『幡随長兵衛』の長松などで二代目 尾上左近を名乗り初舞台 |
| 👑 襲名歴 |
昭和56年(1981)2月 二代目 尾上左近 平成3年(1991)5月 二代目 尾上辰之助 平成14年(2002)5・6月 四代目 尾上松緑 |
| 🎭 主な歌舞伎の役 |
『勧進帳』義経・弁慶 『寿曽我対面』曽我五郎 『蘭平物狂』蘭平 『義経千本桜』忠信実は源九郎狐 『船弁慶』静御前・知盛の霊 『神霊矢口渡』頓兵衛 『車引』梅王丸 『寺子屋』松王丸 『毛抜』粂寺弾正 『魚屋宗五郎』宗五郎 『阿古屋』岩永左衛門 『人情噺文七元結』左官長兵衛 『泥棒と若殿』伝九郎 『あんまと泥棒』泥棒権太郎 『土蜘』僧智籌実は土蜘の精 『太刀盗人』すっぱの九郎兵衛 『戻駕色相肩』浪花の次郎作実は石川五右衛門 『南総里見八犬伝』犬飼現八 『御浜御殿』富森助右衛門 『天一坊大岡政談』大岡越前 『金閣寺』松永大膳 |
| 🏅 受賞歴・資格など |
平成7年(1995) 歌舞伎座賞 平成10年(1998) 眞山青果賞新人賞 平成11年(1999) 松竹会長賞 平成17年(2005) 重要無形文化財(総合認定)認定 伝統歌舞伎保存会会員 平成26年(2014) 第35回松尾芸能賞優秀賞 令和3年度(2021) 第72回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞 |
| 📝 その他 | 平成元年(1989)6月に日本舞踊・藤間流家元 六世 藤間勘右衞門を襲名 |
| 🌐 公式サイト | 紀尾井町 公式サイト |
若くして父と祖父を亡くして苦労する
四代目 尾上松緑(本名:藤間あらし)は、1975年に初代 尾上辰之助の長男として生まれます。
祖父・二代目 尾上松緑は、『勧進帳』の”弁慶”を1600回演じたことでも有名な七代目 松本幸四郎の三男であり、長男・十一代目 市川團十郎、次男・八代目 松本幸四郎とともに戦後間もない昭和の歌舞伎界で活躍しました。
偉大な歌舞伎役者の家系に生まれたあらし少年は、4歳で初お目見得を果たし、6歳になるときに二代目 尾上左近を襲名して歌舞伎役者としてのスタートを切りますが、12歳のときに父が40歳の若さで早世し、その2年後には祖父も亡くなるという悲劇に見舞われます。
後ろ盾を失ったことは大きな痛手ですが、父の旧友でもあり音羽屋の盟主である七代目 尾上菊五郎に師事しながら、歌舞伎役者として修行時代を過ごすことになります。
平成の三之助として活躍
菊五郎の元で修行しながら、1991年16歳で二代目 尾上辰之助を襲名します。
かつて、昭和時代の歌舞伎人気に火を点けた存在として、六代目 市川新之助(後の十二代目 市川團十郎)、四代目 尾上菊之助(後の七代目 尾上菊五郎)、初代 尾上辰之助の三人を「三之助」と呼んでいましたが、この三人の同世代の息子たち、七代目 市川新之助(現・十三代目 市川團十郎)、五代目 尾上菊之助(現・八代目 尾上菊五郎)、二代目 尾上辰之助(現・四代目 尾上松緑)は「平成の三之助」と呼ばれて新たな時代の歌舞伎ファンを魅了することになります。
二代目 辰之助は、2002年、27歳のときに四代目 尾上松緑を襲名することになり、このとき亡き父に三代目 尾上松緑を追贈しています。
襲名披露公演では祖父が当たり役としていた『勧進帳』の”弁慶”を披露し、特徴的な力強い目や力のある声、荒事らしい豪快さを見せ、祖父や父に負けない役者としての器を見せつけます。
荒事では『車引』の”梅王丸”、『寺子屋』の”松王丸”、『毛抜』の”粂寺弾正”といった大役をこなすスケールの大きさを持ちながら、『魚屋宗五郎』では情感あふれる演技を見せるなど、菊五郎に師事した成果を発揮しています。
また、日本舞踊の藤間流家元・藤間勘右衛門として舞踊にも定評があり、『吉野山』での”忠信”の踊りは称賛されました。
「紀尾井町家話」気さくな人柄で魅了
2017年から歌舞伎座5階のギャラリーで「紀尾井町夜話」というトークイベントを開催して、毎回100人余りの観客を前に歌舞伎に対する思いや自身のプライベートな話、楽屋での裏話などを独特の語り口で面白おかしく聞かせていました。
新型コロナウイルスの感染拡大後は、オンラインで配信する「紀尾井町夜話」 特別編「紀尾井町家話」 が、2020年6月から始まり、有料のトークイベントながら、今では通算100回を超える人気配信サービスとなっています。
ゲストには歌舞伎俳優だけでなく、裏方さんたちや歌舞伎以外の芸能人なども登場し、美味しいお酒(自前)を飲みながらざっくばらんに話をするという内容ですが、席亭(主人)松緑の気さくで飾らない人柄と、細やかな気配りの中で普段は聞けないような様々な内容が楽しめます。
後輩の役者さんたちもここではあまり気張らずにいろいろと普段感じていることを口に出せるようですが、これは若くして父と祖父を亡くして苦労した経験を持つ松緑だからこそ、若い役者さんたちの苦労を理解して情の通った交流ができるからなのかもしれません。
現在、長男の三代目 尾上辰之助も同じ舞台に立つことも多くなり、松緑自身も歌舞伎の舞台中で重要な役をこなすことが多くなっています。
それでも、未だに先輩たちから怒られることも多いようですが、まだまだ発展途上の尾上松緑の今後のさらなる活躍が期待されますね。
尾上松緑ブログに注目!

SNSで情報発信する歌舞伎役者も多くなりましたが、尾上松緑も自身のブログを持っています。
歌舞伎役者のブログと言えば、市川團十郎のブログなどは毎日のように更新されることで有名ですが、松緑のブログはその内容の濃さに驚かされます。
歌舞伎に関することだけでなく、世間の出来事や事件などについても独自の見解を変に飾ることなく述べており、尾上松緑という人間がどういうことを感じているのかが伺えるものなのです。
新型コロナウイルスのクラスターが発生した事件に関して、かなり激しい言葉で非難した内容が物議を醸したこともありますが、それは舞台に対する真剣な姿勢があるからこその強い言葉だったのでしょう。
興味のある方は、ぜひ一度尾上松緑のブログを読んでみてはいかがでしょうか?
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尾上松緑の家族は?
歌舞伎役者・四代目尾上松緑の祖父・二代目 尾上松緑、父・初代 尾上辰之助、そして跡を継ぐ長男・三代目 尾上辰之助について紹介します。
祖父は十一代目 團十郎の弟・二代目 尾上松緑
四代目 松緑の祖父・二代目 尾上松緑は、1913年に弁慶役者として有名な七代目 松本幸四郎の三男として生まれます。
長男は十一代目 市川團十郎、次男は初代 松本白鸚という歌舞伎界のエリート中のエリートという環境の上に、歌舞伎の神様と呼ばれた六代目 尾上菊五郎に預けられ、菊五郎劇団の中でも主要な立役として活躍します。
父・七代目 幸四郎から受け継いだ荒事の要素と、師である六代目 菊五郎の世話物に日本舞踊藤間流の家元としての舞踊にも秀で、その芸風の広さとおおらかさで多くの人に愛されていました。
大東亜戦争で出兵しますが、終戦後は亡き六代目菊五郎の跡をついで菊五郎劇団を率いて活動します。
長男の初代 尾上辰之助に大きな期待を寄せますが、その長男が自身より先に亡くなるという悲劇に見舞われます。
孫の二代目 尾上左近(四代目 松緑)を心配しながら、長男が亡くなった2年後に世を去ることになります。享年76歳でした。
父は「三之助」として活躍した初代 尾上辰之助
四代目 松緑の父・初代 尾上辰之助は、1946年に二代目 尾上松緑の長男として生まれます。
同時期に活躍した、市川新之助(後の十二代目 市川團十郎)、尾上菊之助(現・七代目 尾上菊五郎)の三人で「三之助」と呼ばれるブームを巻き起こし、歌舞伎人気を大いに高めることに貢献しました。
父親譲りの豪快で巧みな演技に加えて舞踊でも卓越していたものを持ち、二代目 松緑の後継者として大いに期待されていたが、生来の大酒飲みもあって体を壊し、40歳の若さで惜しまれて世を去ることになります。
長男・三代目 尾上辰之助も次世代の歌舞伎ホープとして成長中
四代目 松緑は2001年に元宝塚女優の珠希かほと結婚(現在は離婚)。2006年には長男・藤間大河が誕生します。
大河少年は、第四期歌舞伎座の建て替え前に行われた「歌舞伎座さよなら公演」中の2009年10月に初お目見得を果たし、2014年6月には新しくなった歌舞伎座で三代目 尾上左近を名乗って初舞台を踏みました。
父・松緑のもとで古典歌舞伎を着実に学びながら経験を積み、2025年からは「新春浅草歌舞伎」に出演。同年の新作歌舞伎『刀剣乱舞〜東鑑雪魔縁〜』では、人気キャラクター・”加州清光”を勤めるなど、若手歌舞伎俳優として活躍の幅を広げています。
そして2026年5月、團菊祭五月大歌舞伎で三代目 尾上辰之助を襲名。祖父・初代 辰之助、父・二代目 辰之助に続いて大名跡を継ぐことになりました。
祖父への憧れを度々語る三代目 辰之助ですが、父・松緑についてはあまり多くを語ってきませんでした。
ところが襲名披露インタビューで父について聞かれると、「父は若くして名乗ってこの辰之助という名前をしっかり守り抜いてくれた」とコメント。
“三代目”として名前を受け継ぐ覚悟と、父への敬意が感じられる言葉でした。
まだ20歳になったばかりですが、父とは別の舞台にも積極的に立ちながら経験を重ねており、今後のさらなる飛躍が期待されています。
👉️2026年5月に襲名披露を行いし、「染團辰」として歌舞伎界の次代を担う三代目 尾上辰之助について詳しくはコチラをごらんください。
尾上松緑の出演情報
尾上松緑、尾上辰之助の出演情報を紹介します。
2026年6月 歌舞伎出演情報
2026年6月の【歌舞伎座】に尾上松緑が出演します。 詳しくは以下の記事をご覧ください。
まとめ:豪快さと情に溢れた歌舞伎役者・尾上松緑
歌舞伎役者・四代目 尾上松緑の歌舞伎家系図やプロフィールについて紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?
祖父は「紀尾井町の松緑さん」と親しまれた名優・二代目 尾上松緑、父は“昭和の三之助”として一時代を築いた初代 尾上辰之助という、まさに歌舞伎界屈指の名門に生まれた松緑。
しかし、父と祖父を10代のうちに相次いで亡くすという大きな試練にも直面しました。それでも尾上菊五郎のもとで研鑽を積み、辰之助時代には、市川新之助、尾上菊之助とともに「平成の三之助」と呼ばれる存在へ成長していきます。
荒事の豪快さ、人情味ある世話物、そして藤間流家元としての舞踊――。現在では音羽屋を支える立役の一人として、歌舞伎座をはじめ数々の舞台で存在感を放っています。
また、自身が席亭を勤める配信企画「紀尾井町家話」では、舞台上とはまた違った気さくで情に厚い人柄も人気を集めています。
さらに長男・三代目 尾上辰之助も着実に成長し、親子共演の機会も増えてきました。これからも音羽屋を支える四代目 尾上松緑、そして次世代へ受け継がれていく「辰之助」の系譜にぜひ注目してみてくださいね。
参考資料
尾上松緑の記事に関する内容は、主に以下の資料やウェブサイトを参考にさせていただきました。
【ウェブサイト】
「歌舞伎公式総合サイト『歌舞伎美人』」
「歌舞伎オンザウェブ」
【書籍】
「かぶき手帖」
「役者がわかる!演目がわかる!歌舞伎入門」
一部AIを用いたライティング・画像編集支援を行っていますが、最終的な編集・事実確認・表現調整はすべて人の手で行っております。









