【歌舞伎十八番】「毛抜」のあらすじ解説!おちゃらけた主人公が謎を解いて大活躍
歌舞伎の演目の一つ「毛抜」とは、市川團十郎家のお家芸である歌舞伎十八番にも選ばれている人気の演目です。
主人公の粂寺弾正は、男にも女にも言い寄ってはフラれるおちゃらけぶりを見せながら、お家騒動に隠された謎を見事に解決するという有能さを持つ、とても魅力的なキャラクターです。
この記事では、歌舞伎十八番「毛抜」のあらすじと見どころを解説し、その魅力に迫ってみたいと思います。公演情報も紹介しているので、ぜひ観劇の参考にしてくださいね。
目 次
歌舞伎十八番「毛抜(けぬき)」とは?
歌舞伎十八番の内「毛抜」は、正式には「雷神不動北山桜」という演目の三段目に当たる、「小野春道館」が独立した演目として上演されたものです。
初演は江戸時代の寛保2年(1742年)、大坂佐渡島座で二代目市川團十郎が演じました。七代目市川團十郎によって歌舞伎十八番に選ばれていながら、長らく上演されていませんでしたが、明治42年(1909年)に、二代目市川左團次によって復活され、現在に伝わっています。
歌舞伎十八番にしては荒事の要素は少ないですが、歌舞伎では珍しい謎解きの要素があったり、主人公・粂寺弾正のおちゃらけたキャラクターが際立つ、面白みに溢れた作品になっています。
魅力的な主人公と登場人物たち
粂寺弾正 |
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文屋豊秀の家臣。気に入ったら男にも女にも手を出そうとする節操の無い男だが、実は知恵者で武勇にも優れた武士。豊秀の婚約者である小野家の姫の様子を探りに来た。 |
小野左衛門春道 |
小野家の当主。小野家は小野小町の子孫であり、「ことわりやの短冊」を家宝としている。娘の錦の前は文屋豊秀と婚約中だが、とある理由から祝言を引き伸ばしている。 |
小野春風 |
小野春道の息子。次期小野家の当主になるはずだが、優男でややたよりない感じ。腰元にも手を出しているようで、後に災いの元になる。 |
錦の前 |
小野春道の娘。文屋豊秀の婚約者だが、謎の奇病に悩まされて屋敷の奥に引きこもっている。 |
秦民部 |
小野家の家老。忠実な家臣として小野家のために働いている。 |
秀太郎 |
民部の弟。まだ前髪立ちの美少年。弾正に言い寄られるが・・・ |
八剣玄蕃 |
小野家の家老だがお家乗っ取りを企んでいる悪人。様々な謀略を巡らしている。 |
八剣数馬 |
玄蕃の息子。父親同様憎たらしい性格。秀太郎と切り合いになるほどの大喧嘩をする。 |
腰元 若菜 |
小野家の腰元。秀太郎と数馬の喧嘩の仲裁に入る留女(とめおんな)の役。 |
腰元 巻絹 |
弾正の接待をする腰元。秀太郎に続いて弾正に言い寄られるが・・・ |
百姓万兵衛 |
小野家の腰元だった自分の妹・小磯が春風の子供を流産して自殺したと言いがかりをつけて金をゆすりに来たが、実は石原瀬平というチンピラ。どうも玄蕃と何かつながりがあるようだが・・・ |
桜町中将 |
朝廷の勅使(ちょくし)。雨乞いのために使う小野家の家宝「ことわりやの短冊」を借りるために小野家に来訪する。 |
「毛抜」のあらすじ
歌舞伎十八番の内「毛抜」とはどんな内容の演目なのでしょうか?
ここでは、「毛抜」を5つの場面に分けて、それぞれの場面ごとのあらすじを解説していきます。
小野家はお家騒動真っ只中
ここは大名・小野春道の館。
二人の若者・秀太郎と八剣数馬が対峙し、なんと刀を抜いて切り合いを始めました。
その様子に驚いた腰元・若菜が二人の間に入り押し留めます。
なぜ争うのかと若菜が尋ねると、秀太郎は実兄の家老・秦民部を、数馬は父親の家老・八剣玄蕃をそれぞれ侮辱されたと怒りが収まりません。
若菜は、今から帝の勅使が来訪するのだから争っている場合ではないと説き伏せて、ようやく二人は刀を納めました。
小野家の当主・小野春道以下、息子の小野春風、家老の八剣玄蕃、秦民部らも勅使を出迎えるためにやってきます。
そこに帝の勅使・桜町中将がやってきて、雨乞いの儀式のために小野家の家宝である「ことわりやの短冊」を貸してほしいと言うのです。
これを聞いた春道は、息子の春風に命じて短冊を持ってこさせようとしますが、春風は落ち着きなくうろたえています。
しかたなく春道は、民部に命じて短冊の箱を持ってこさせると、なんと箱の中には短冊が入っていないのです。
これはどうしたことかと春道は驚き、玄蕃は蔵の鍵を預かっていた春風と民部を責め立てます。
責任を感じて民部と春風は腹を切ろうとしますが、秀太郎と若菜に止められ、春道も命を捨てる前に短冊を探すべしととりなします。
勅使・桜町中将も三日以内に短冊を見つければ帝にとりなして何事もなかったことにすると言い、館の奥へと入っていきました。
粂寺弾正登場、姫の病気とは?
二人残った民部と玄蕃の前に、小野家の姫・錦の前の婚約者である文屋豊秀の家臣・粂寺弾正が使者としてやってきました。
弾正は主君の婚約者・錦の前が病気で輿入れを延期しているので、姫の様子がどうなっているのかを確かめに来たのです。
民部は姫の病気が治り次第輿入れすると言いますが、それを聞いた玄蕃は、姫の病気は不治の病で決して治ることはない、だからこの縁談はなかったと主君・文屋豊秀に伝えてくれと勝手なことを言い出します。
民部と玄蕃が言い争うのを見て、弾正は実際にどのような病気なのかを拝見したいと申し出ます。
姫は表に出るのを嫌がりますが、婚約者の使いが来たということでしかたなく、頭に薄衣をかぶった姿で出てきました。
どのような病気なのかと問う弾正に対して、玄蕃が「これからお目にかけよう」と言って、姫が被っている薄衣を取ると、なんと姫の髪の毛が天井に向かって逆立つではないですか! これには弾正も口を開いて驚きを隠せません。
玄蕃は、このような奇病にかかった姫を嫁に出せば小野家にとっては恥になり、娶る文屋家にとってもお家の名誉を傷つけるので、離縁することが両家のためだと言い張るのです。
しかし弾正は、玄蕃にそこまで言う権限はないと釘を指し、その薄衣をかぶっていれば髪は逆立たないのかと尋ねます。
民部が、その薄衣は霊験あらたかな鳴神上人のお守りを縫い込んでいるので、かぶっていれば髪の毛が逆立つことはないと説明します。
しばらく考え込んだ弾正は、まずは大殿である春道に会って話を聞いてみることにするのです。
突然名前が出てきた「鳴神上人」とは、毛抜とともに歌舞伎十八番の一つになっている「鳴神」の主人公です。「毛抜」も「鳴神」も元は「雷神不動北山桜」という演目の一場面であったことが、この件からも伺えますね。
男でも女でもお構いなし!? 弾正の色好み
弾正が春道との面会を待つ間、民部の弟・秀太郎が弾正を接待するためにやってきます。
秀太郎を見た弾正は、その端正な容姿に惚れ惚れとし、馬の乗り方を教えると言って秀太郎にあれやこれやと手を出して口説こうとしますが、あえなく跳ね除けられてしまいます。
秀太郎に逃げられた弾正は、一人春道との面会を待つ間、毛抜を取り出しひげの手入れを始め、姫の髪の毛が逆立つ理由を考えますが、さっぱりわかりません。
すると、弾正の手を離れた毛抜がなぜか空中に浮かんでゆらゆらと揺れるのです。
驚いた弾正が毛抜を手に取るとピタリと止まります。
これは一体どういうことだと首を傾げる弾正の前に、今度は腰元・巻絹が、姫様からのお茶を持って現れます。
美しい巻絹の姿を見た弾正は、またも節操なく口説こうとしますが、やっぱりつれなくあしらわれてしまいました。
巻絹にも逃げられた弾正はキセルをくゆらせながら、先程の毛抜が宙を踊ったことについて考えます。
ふと、何かを思いついた弾正は、手に持っていた銀製のキセルを床に置いてみますが何も起こりません。
そこで、鉄製の毛抜と小柄(こづか・小さな刀のこと)を床に置くと両方とも宙に踊りだしました。
このことに謎を解く鍵があるのではと弾正が考えていると、何やら外から大きな声が聞こえてきました。
ゆすりの万兵衛のウソを見破れ!
声の主はこの屋敷に使えていた腰元・小磯の兄で小原の万兵衛という百姓だと名のり、小野春風に用があるから会わせろと叫んで引き下がりません。
民部と玄蕃が対応していると奥から春風も出てきて、小磯は元気にしているかと尋ねます。すると万兵衛は「妹の小磯は春風に殺された」と言うのです。
民部はこの無礼者を追い出せと家臣たちに言いつけますが、玄蕃がそれを押し止めて話を聞こうと言うので万兵衛はさらに続けます。
妹の小磯はこの屋敷に腰元奉公に来たのに、春風に手を付けられて妊娠してしまい、それを理由に屋敷を追い出されてしまった。そして難産の末に苦しみながら死んでしまったから、春風にその責任を取らせるのだと。
どうすれば責任を取れるのかと問う一同に、万兵衛は「妹を生き返らせてくれ」と言います。要するに金を払えとゆすっているのです。
しかたなく民部が二百両の金を準備すると、万兵衛は喜んで金に飛びつこうとしますが、玄蕃の顔を見て、それぐらいでは納得できない、妹を生き返してくれと再び居直ります。
一同が困り果てていると、このやり取りを聞いて何やら書き物をしていた弾正が、お困りのようなので自分が解決してみせると名乗り出るのです。
妹を生き返らせればいいのだなと確認した弾正は、先程書いていた手紙を万兵衛に渡します。
その手紙には、地獄の閻魔大王へ、この手紙を持ってきたものと一緒に小磯をこの世に返してもらうようにと書いてあるのです。
弾正は、自分は閻魔大王とは兄弟同然の仲なので、この手紙を持って地獄へ行き閻魔大王に見せれば妹を返してもらえるので、すぐに地獄へ行けと万兵衛に迫ります。
これには万兵衛もしどろもどろになり、地獄に行くにも準備が必要だからとその場を逃げ出そうとしますが、弾正に討ち取られてあっけない最期を遂げてしまいました。
黒幕は誰だ? 弾正が吠える!
玄蕃が、「なぜ万兵衛を殺した」と弾正に詰め寄りますが、弾正は涼しい顔で、「こやつが万兵衛というのは真っ赤なウソ」だと言い切ります。
実は先月、本物の万兵衛が弾正のところに現れ、妹の小磯が何者かに殺され、懐から「春風の手紙」と「大切な品物」が盗まれたとの訴えがあったと言うのです。
弾正はこの偽の万兵衛が小磯を殺した犯人だと確信して討ち取り、その懐から小野家の家宝である「ことわりやの短冊」を取り出すのです。
驚く玄蕃を尻目に短冊を民部に手渡した弾正が、「まだ肝心な用事が残っている」と言うと、奥から春道が錦の前を伴い現れ、先程の弾正の働きを褒め称えます。
さらに弾正は、「姫の病気も治して差し上げましょう」と言って、姫の頭の髪飾りを取ってしまいます。
すると、あら不思議、先程まで逆立っていた姫の髪の毛には何も起こらないのです。
これを見て喜んだ春道は、すぐにでも姫を輿入れしようと言いますが、玄蕃は「少しぐらい髪が逆立たなくなっても治ったとは言えない」と言い張ります。
コレを聞いた弾正は「ならば病の元を断ってみましょう」と言い、槍を手に取って天井を一突きすると、大きな磁石を持った曲者が落ちてきました。
実は、錦の前がつけていた髪飾りは鉄製のもので、天井に隠れていた曲者が磁石を使って髪飾りごと髪の毛を逆立てていたのでした。
落ちてきた男は忍びの奴・運平という者で、姫を病気と思わせて文屋豊秀との縁談を破談にさせようとしていたのでした。
弾正が「誰に頼まれたか言え」と詰め寄ると、突然、玄蕃が運平を斬り殺してしまいます。
これから白状させようとしているのに何故殺したと問われた玄蕃は、「何を言い出すかわからないのでお家を守るために殺した」と開き直ります。
とにかく、家宝の短冊は見つかってお家は安泰、姫の病気も治ったことなので、明日にも輿入れしようと春風は喜び、一振りの刀を取り出して「この名刀は小野家の重宝の仁王三郎の刀、これを引き出物として豊秀殿に贈りたい」と玄蕃に命じて弾正に手渡します。
刀を受け取った弾正は、「では私からも主人・豊秀から頼まれているご祝儀をお渡しする」というと、受け取った刀を抜いて一刀の元に玄蕃を切り捨ててしまいました。
今回の騒動のすべての黒幕は玄蕃であると察した弾正は、主人からの祝儀と言って騒動の種である玄蕃を討ち取ったのでした。
見事な活躍に深々と頭を下げる民部や、立ち上がって弾正に敬意を示す春道らに見送られて、弾正は名刀を手にして悠々と花道を後にするのでした。
「毛抜」の見どころは?
歌舞伎十八番の一つである「毛抜」の見どころはどんなところでしょうか。
まず、歌舞伎の演目の中では珍しい“謎解き”の要素を持った作品だというところが挙げられます。
しかし謎解きと言っても、「天井裏から磁石で鉄製の髪飾りごと髪の毛を逆立たせる」という、現実にはありえない荒唐無稽な内容になっています。
だから謎解きを楽しむというよりは、磁石に引き寄せられて踊る、やけに大きく誇張された「毛抜」を後見(後ろに控えて舞台の演出を手伝う役)が棒で宙に浮かせたり、それを見た弾正が驚いた見得を含む七つの見得など、歌舞伎ならではの演出を楽しめるところが見どころの一つです。
そして、なんと言っても粂寺弾正のキャラクターの面白さです。
若衆の秀太郎を口説こうとしたと思えば腰元・巻絹にも手を出そうとする節操のなさ。しかも、フラれる度に「面目次第もございません」と観客に向かって深々と頭を下げて土下座する様子は、愛嬌たっぷりです。
それでいて、小野家のお家騒動を見事な推理で解決していくなど、色好みのおちゃらけた性格でありながら、するどい洞察力と武勇を持ち合わせているという、いわば剛柔の二面性を持つ味わい豊かな主人公なところが、胸がスカッとするような一番の見どころではないでしょうか。
また、弾正の衣装は市川團十郎家が演じるときは七代目團十郎の錦絵を参考にした「亀甲縞」の着付けに「寿の字海老の裃」を着用しますが、市川左團次型では白い着物で柄も碁盤目模様の裃になります。
役柄としても荒事味の濃いのが團十郎型で、左團次型は話術のたくみさを強調した役柄と違いがあります。
團十郎型と左團次型、どちらの型なのかも観劇するときのポイントとして注目ですね。
「天井裏から磁石で髪の毛を逆立てる」というのは、今でこそ冗談のような話ですが、初演された江戸時代ではけっこう科学的な推理だと思われていたようです。現代でやるなら「方位磁石(羅針盤)」よりも理科の実験で使うような「U字型磁石」のほうが良さそうな気もしますが、十二代目團十郎は「たくらみそのものがおとぎ話の魔法のような作りごとなのですから、そのほうがおおらかで古風な歌舞伎十八番らしい絵になるでしょう」と語っています。
市川團十郎家のお家芸「歌舞伎十八番」とは?
「歌舞伎十八番」とは、歌舞伎界の宗家と呼ばれる市川團十郎家のお家芸として選ばれている18演目のことです。
江戸時代に活躍した七代目・市川團十郎によって、「荒事」と呼ばれる勇壮で荒々しい演技を特徴とする演目を中心に選ばれています。
現代でも人気のある、「勧進帳」「暫」「助六由縁江戸桜」など繰り返し上演されているものもありますが、近年まで上演が途絶えていた演目もあります。
得意なことを「十八番(おはこ)」と呼ぶようになったのは「歌舞伎十八番」が語源だという説もあるほどですが、より詳しく知りたい方は以下の記事を御覧ください。
「毛抜」の公演情報・DVD
歌舞伎十八番の内「毛抜」が見られる公演情報や販売されているDVDについてご紹介します。
2024年10月 大阪松竹座
2024年10月の大阪松竹座「十三代目市川團十郎白猿襲名十月大歌舞伎」で「雷神不動北山桜」が通し狂言で上演され、「毛抜」の元になる三段目も上演されます。
DVD
「毛抜」が見られるDVDも発売されています。今は亡き、十二代目市川團十郎が粂寺弾正を務める注目の作品です。息子である市川海老蔵の粂寺弾正と見比べてみてはいかがでしょうか。
一緒に収録されている「鳴神」は、同じく歌舞伎十八番の一つであり、どちらも「雷神不動北山桜」という演目の一つの場面でした。
こちらは白黒映像になっていますが、海老蔵の祖父・十一代目市川團十郎が主役の鳴神上人を演じており、最後の「押戻し」の場面では粂寺弾正も登場します。
まとめ:胸がスカッとする歌舞伎の名推理物語を堪能しよう
歌舞伎十八番の内「毛抜」のあらすじや見どころを解説してきましたが、いかがでしたでしょうか?
歌舞伎の演目では珍しい謎解きの物語であり、主人公・粂寺弾正は、おちゃらけた性格でいながら、探偵のように名推理で謎を解き、お家騒動を解決していく姿は、現代でも通じるヒーロー像として大人気です。
荒唐無稽な内容の中に、悪の陰謀を暴くサスペンスドラマのような痛快さが楽しめる「毛抜」をぜひ一度観劇してくださいね。