歌舞伎の演目「暫(しばらく)」とは?初心者が楽しめる6つのポイント

歌舞伎の演目「暫(しばらく)」とは?初心者が楽しめる6つのポイント

スポンサーリンク

【令和2年6月 歌舞伎座で市川團十郎白猿・襲名披露公演での上演決定!】

歌舞伎の登場人物で、一番派手で強くてかっこいいスーパーヒーローと言えば、「暫(しばらく)」の主人公・鎌倉権五郎かまくらごんごろうで間違いないでしょう! 豪勢で巨大な衣装派手な隈取顔蟹の足のような異様な髪型は、ひと目見たら決して忘れられないインパクトがあります。

歌舞伎は初心者という人でも、見れば歌舞伎の魅力に一気にハマってしまいそうな人気の演目「」の魅力を、6つのポイントで解説します。

「暫」とは歌舞伎一の痛快なヒーロー物語!

」の第1の魅力は、そのストーリーの痛快さにあります。

歌舞伎が始まった江戸時代は、娯楽そのものが今ほど多くなかったので、歌舞伎はとても人気がありました。その中でも「市川團十郎」という役者は、「江戸の氏神」と言われるほど崇拝され、その「にらみ」で病が吹っ飛ぶと言われるほどでした。

そんな人気のある役者が演じる「」という演目は、たくさんの手下を引き連れたボスキャラに今にも殺されそうな善良な人たちを、突如現れた一人の若武者が圧倒的な強さで救い出し、悪人たちはその強さにタジタジとなるという、いかにも正義のヒーロー物という感じの荒事のお話です。歌舞伎の他の演目を見ても、これほどわかりやすい単純明快な勧善懲悪ストーリーは見当たりません。

昔からヒーローが弱きを助け悪をくじくのは、弱い立場の庶民にとっては最高のエンターテインメントです。「暫」も江戸の庶民たちに大喝采を浴び、現代では歌舞伎の醍醐味を堪能できる人気演目となっているのです。

ちなみに、は登場人物などの設定を変えたバージョンも存在します。主人公が鎌倉権五郎でなく熊井太郎だったり、女が主人公の「女暫」という演目では巴御前ともえごぜんとなっています。

「暫」のつらねとセリフに注目

」の第2の魅力は、そのセリフの爽快さにあります。

主人公・鎌倉権五郎が登場するとき、「しーばーらーくー!」という大音声が聞こえてくると、敵方はみな何事かと慌てふためきます。

登場した権五郎は、なかなか本舞台に上がってこないで、花道の上で威勢のいい「つらね」と呼ばれる長セリフを披露します。そして敵方の鯰坊主の要求に対して、「いーやーだー!」とまるで子供のような無邪気さで答えます。

敵方が「あーりゃ、こーりゃ」という、化粧声と呼ばれる荒事特有の掛け声をかけて、なぜかヒーローの登場を盛り上げるのも面白い趣向となっており、最後は敵を倒した権五郎の「よーわーむーしーめーらー!」という爽快な捨て台詞が舞台に響きわたり、「ヤットコトッチャ、ウントコナァ」という掛け声と共に花道を引き上げていくなど、セリフの聴き応えも抜群の演目です。

「暫」の衣装は歌舞伎一の大迫力

暫の主人公・鎌倉権五郎の衣装

」の第3の魅力は、その衣装の豪快さにあります。主人公の鎌倉権五郎の巨大な衣装の総重量は、なんと60キロ!とにかく動くのも大変そうな重装備ですが、上から順に説明していきます。

  1. 呪力を宿した力の象徴でもある白い「力紙ちからがみ
  2. 前髪は少年である印。本来は中心から分かれているが、「わけ櫛」で分け目にしている
  3. 車海老をイメージした「五本車鬢ごほんくるまびん」という髪型
  4. 隈取は荒事の典型的な最も力強い「筋隈すじぐま
  5. 結び目の先端や輪っかを上にピンと跳ね上げた「はねだすき
  6. 袖は成田屋の家紋の三升の紋を染め抜いた「大紋
  7. 7尺(2メートル)はあろうかという黒塗りの「大太刀
  8. 高さ30センチもある「継ぎ足

敵方の役も曲者ぞろいです。真っ赤な顔の「赤っ面あかっつら」と呼ばれる隈取で、赤い大きな腹を出した「腹出し」と呼ばれる、乱暴者の成田五郎と五人の手下。鯰のようなヒゲの隈取に、タコの足の衣装を着た「半道敵はんどうかたき(半分道化で半分敵役)」の鯰坊主こと鹿島震斎入道かしましんさいにゅうどう。位の高さを表す「金冠白衣きんかんびゃくえ」という衣装を着た、禍々しい「公家荒れ」の青い隈取をしたラスボス清原武衡きよはらのたけひらなどなど、個性的なキャラクターの衣装や隈取にも注目です。

隈取についてもっと詳しく知りたい方は以下のページも御覧ください。

「暫」は歌舞伎十八番の人気演目

」の第4の魅力は歌舞伎十八番の一つに選ばれていることです。

歌舞伎十八番」とは、歌舞伎界の宗家と呼ばれる市川團十郎家がお家芸としている18演目のことで、荒事と呼ばれる荒々しい勇壮な演技で人気があります。

「暫」の内容の演目は初代・市川團十郎によって始められました。元は「参会名護屋」という題目で、上演のたびに内容は違っていましたが、七代目・團十郎がお家芸として「歌舞伎十八番」を選んだときに、「」もその一つに含まれて、題名も固定されました。その後、九代目・團十郎が演じた内容が固定されて現代に伝わっています。

歌舞伎十八番の中でも「」は、荒事の代表格と言っていい勧善懲悪を基本とする演目で、主人公の豪傑らしい力強い「見得」の数々や、巨体をゆすった「六方」の引込みなど、歌舞伎特有の見どころにあふれています。そしてそれだけでなく、主人公の鼻息で敵の奴たちがくるくると飛んでいったり大太刀を振ると敵の仕丁たちの首がゴロゴロと床に転がり落ちる演出など、歌舞伎十八番の中でもユーモアに溢れた人気の演目となっています。

歌舞伎十八番について詳しくは以下のページをご覧ください。

「暫」の主人公・鎌倉権五郎とは

暫の主人公・鎌倉権五郎

」の第5の魅力は主人公・鎌倉権五郎のキャラクターです。

名前のモデルとなっているのは、平安時代後期に活躍した鎌倉景正かまくらかげまさという実在の武将で、芝居の中での本名は鎌倉権五郎景政かまくらごんごろうかげまさとなっています。悪人の清原武衡にいじめられている加茂次郎義綱かもじろうよしつな加茂家の家臣という立場です。超人的な力を持っており、江戸っ子が憧れるヒーローですが、実はまだ18歳の若者なのです。

ときに子供っぽい台詞があったり、前髪が残っているのが少年であることの証ですが、古来より日本では幼いものに悪霊を払う神聖な力が宿ると信じられていたので、まだ少年である権五郎が超人的な強さを持つのは、不思議なことではありませんでした。特にその「にらみ」は神聖な魔除けの力があるとされています。

また、歌舞伎では「荒事は少年の心で演じよ」という教えがあるそうですが、そのとおりに邪気のない純粋な気持ちで演じることが求められる役なのです。

力強く荒削りな男性が、ときに少年っぽさを見せる姿は、女性の心を強く惹きつけるのかもしれませんね。

「暫」の歴史とあらすじ

」の第6の魅力はその歴史の深さとあらすじの面白さです。
が最初に演じられてから300年以上が経ちますが、その間には固定されて台本がない時代が長く続きました。今の人気演目となるまでの歴史と現在上演されている内容とあらすじを紹介します。

成立した歴史

参会名護屋」という原題で初めて演じられたのは、元禄10年(1697年)の江戸中村座と言われており、作者は中村明石清三郎初代團十郎となっています。このときの主人公の名前は「不破伴左衛門」(歌舞伎十八番「不破」の主人公)で、悪人のボスは「正親町太宰之丞」となっており、今とは違う役名でした。

江戸時代、歌舞伎の世界では一年の始めは11月となっており、その年新しい役者の最初の興行である「顔見世」が行われていました。このときの演目に当たる一場面が、趣向を変えて必ず上演されることになっており、新しい年の主な役者のお披露目の場となっていたのです。

現在上演されるは、明治28年(1895年)に九代目團十郎が演じたものが固定化されて、独立した一つの演目となったものです。近年では平成16年(2004年)の十一代目市川海老蔵の襲名披露公演でも上演されています。

舞台設定・登場人物

舞台設定
鎌倉鶴岡八幡宮
鎌倉権五郎景政かまくらごんごろうかげまさ
超人的な力を持ったスーパーヒーローの18歳の若者。加茂家の忠臣。
加茂次郎義綱かもじろうよしつな
加茂家の武士だが家宝の「国主の印」を無くして父親から勘当されている。大福帳と掛額を奉納に来てトラブルに巻き込まれる。善良ないい人。
桂の前
義綱の許嫁。
清原武衡きよはらのたけひら
中納言。皇位を狙う悪の権化。桂の前に横恋慕している。
成田五郎義秀なりたごろうよしひで
武衡の手下で乱暴者「腹出し」のリーダー格。
鹿島震斎入道かしましんさいにゅうどう(鯰坊主)
武衡の手下の道化役。鯰のような顔をした坊主。
那須九郎妹照葉なすくろういもうとてるは(女鯰)
武衡の手下だが、実は間者で義綱の味方。権五郎の従姉妹でもある。
小金丸行綱こがねまるゆきつな
義綱の兄・義家の家来。宝剣・雷丸を義綱に届ける。
四天王
武衡の4人の家臣。威勢のいいことを言うが権五郎におそれおののいて何もできない。
奴・仕丁やっこ・しちょう
武衡の手下の下っ端。鼻息で吹き飛ばされたり、首を切られたりとひどい目に合う。

あらすじ

天下を我が物にしようと企む、中納言・清原武衡は、大勢の手下を引き連れて鎌倉の鶴岡八幡宮で宝剣を奉納し、天皇から関白となる命令を受けようと悠然と構えていました。そこに失った家宝の「国主の印」を探している加茂次郎義綱と許嫁の桂の前の一行が、朝廷の繁栄を祈って大福帳と掛額を八幡宮に奉納しようと現れます。

かねてから加茂家との因縁があった武衡は、義綱に言いがかりをつけて自分の家来になれと脅し、桂の前には自分の女になれと迫ります。しかし、二人が言うことを聞かないので、手下の成田五郎らに首を刎ねるよう命じます。

義綱一行が絶体絶命のピンチに陥ったまさにそのとき、「しばらく〜」という大音声が聞こえ、悪人たちが動揺している中に、颯爽と鎌倉権五郎が登場します。

邪魔された武衡は手下たちに権五郎を排除するよう命じます。鯰坊主、女鯰、四天王、奴たちが次々と権五郎に立ち向かいますが、まったく歯が立ちません。さらに権五郎は武衡が本当は皇位を狙う悪人であることと、その悪事を次々とバラし、奉納した宝剣も偽物だと断言します。

怒った武衡は「国主の印」がなければ身動きはならぬと言い立てますが、実は間者(スパイ)だった女鯰・照葉が、武衡が隠し持っていた「国主の印」を取り戻し、さらに本当の宝剣・雷丸も小金丸行綱によって届けられ、武衡の悪事が白日の下に晒されます。

ぐうの音も出ない武衡を尻目に、権五郎が「国主の印」を取り戻した義綱一行をその場から逃がすと、武衡の手下の仕丁たちが権五郎を取り囲みます。しかし、権五郎の大太刀が一閃すると、仕丁たちの首はすべてはねられてしまいます。

悪を成敗した権五郎は、大太刀を構えて意気揚々と花道を去って行くのでした。

歌舞伎の「暫」公演情報

これまで上演されたの公演情報(令和2年〜平成19年)を、主人公がちがうバージョンや女暫も含めて紹介します。

  • 令和2年6月 歌舞伎座公演 鎌倉権五郎・十三代目市川團十郎(襲名披露公演)
  • 平成30年10月 御園座公演 女暫・巴御前・中村魁春
  • 平成30年2月 歌舞伎座公演 鎌倉権五郎・市川海老蔵
  • 平成28年10月 歌舞伎座公演 女暫・巴御前・中村七之助
  • 平成27年10-11月 平成中村座公演 女暫・巴御前・中村七之助
  • 平成27年1月 歌舞伎座公演 女暫・巴御前・坂東玉三郎
  • 平成26年3月 歌舞伎座公演 熊井太郎・尾上松緑
  • 平成24年12月 新橋演舞場公演 熊井太郎・尾上松緑
  • 平成24年9月 大阪松竹座公演 女暫・巴御前・坂東玉三郎
  • 平成24年3月 平成中村座公演 鎌倉権五郎・市川海老蔵
  • 平成23年5月 大阪松竹座公演 女暫・巴御前・中村時蔵
  • 平成22年7月 新橋演舞場公演 鎌倉権五郎・市川團十郎
  • 平成22年3月 歌舞伎座公演 女暫・巴御前・坂東玉三郎
  • 平成21年5月 歌舞伎座公演 鎌倉権五郎・市川海老蔵
  • 平成20年8月 歌舞伎座公演 女暫・巴御前・中村福助
  • 平成20年4月 こんぴら歌舞伎公演 鎌倉権五郎・市川海老蔵
  • 平成19年5月 歌舞伎座公演 女暫・巴御前・市村萬次郎

今後の公演情報があればまた追加していきます。

「暫の像」がある浅草と歌舞伎の関係

九代目・市川團十郎の「暫の像」
浅草の浅草寺の裏手に「暫の像」があるのをご存知ですか? 「劇聖」と呼ばれた明治の名優・九代目市川團十郎が、鎌倉権五郎を演じて元禄見得を決めている姿がモデルになっています。

浅草はかつて江戸三座(森田座、市村座、中村座)があったところで、現在は浅草公会堂で歌舞伎の公演が行われるなど、歌舞伎とは縁が深い町です。暫の像は初め大正8年に建てられましたが、大東亜戦争で金属類徴収のために軍に接収されてしまいました。

しかし、十二代目團十郎の襲名に合わせて復活させたいとの機運が高まり、浅草寺の理解と多くの人の協力で、昭和61年11月3日に再建されたのです。

今後の歌舞伎の隆盛を願って建てられた「暫の像」は、九代目團十郎の見事な「見得」で、今の世の平和に「にらみ」を効かせているようです。浅草寺や浅草公会堂に行ったときはぜひその勇姿を拝んできてくださいね。

暫のDVD

歌舞伎十八番の人気演目である「」のDVDを紹介します。


歌舞伎名作撰 歌舞伎十八番の内 暫 歌舞伎十八番の内 外郎売 [DVD]

平成15(2003年)年5月に歌舞伎座で上演された映像です。鎌倉権五郎を十二代目市川團十郎、清原武衡を市川左團次、加茂次郎義綱を尾上菊五郎が演じています。同じく歌舞伎十八番の外郎売も収録されています。

まとめ

歌舞伎の人気演目、「」について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか?

数ある歌舞伎の演目の中でも一番痛快なヒーローストーリーであり、耳に残る爽快なつらねと台詞、驚きの巨大な衣装など見どころ満載です。

歌舞伎十八番の荒事の代表的な演目でもあり、主人公・鎌倉権五郎力強さと子供っぽさが同居するキャラクターも魅力的です。

長い歴史の中で様々な「暫」が演じられてきましたが、九代目團十郎によって、現在の形が作られ、浅草には「暫の像」も建てられるほど、歌舞伎を象徴する演目となっています。

今後の公演情報もチェックして、上演されるときはぜひ観劇してみてくださいね。

スポンサーリンク