【歌舞伎】文七元結(ぶんしちもっとい)のあらすじ解説!江戸っ子の粋と人情の名作

【歌舞伎】文七元結(ぶんしちもっとい)のあらすじ解説!江戸っ子の粋と人情の名作

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歌舞伎演目文七元結ぶんしちもっとい本外題ほんげだい(正式名)は「人情噺文七元結にんじょうばなしぶんしちもっとい」と言う世話物の作品です。

元々、明治時代の落語の人気演目だったものを歌舞伎化したものですが、江戸の庶民の日常を人情豊かに描いた名作として現在も人気があり何度も上演されています。

この記事では、歌舞伎「文七元結」のあらすじ登場人物、得意とする歌舞伎役者上演情報などについて紹介していきますね。

歌舞伎「人情噺文七元結」とは?

歌舞伎演目「人情噺文七元結にんじょうばなしぶんしちもっとい」は、明治時代の落語家・三遊亭円朝さんゆうていえんちょうの「文七元結」を元に作られた演目で、江戸庶民の日常を描いた“世話物せわもの”と呼ばれる作品です。

明治35年に五代目・尾上菊五郎おのえきくごろうによって歌舞伎座で初演されます。その後、六代目・尾上菊五郎が脚色を加えた内容が現代に伝わっています。

人情噺にんじょうばなし”と呼ばれるだけあって、江戸庶民の日常を描きながら泣いたり笑ったりするとても人情味あふれる内容になっており、今でも人気の高い演目です。
 

「文七元結」の登場人物

「文七元結」人物相関図は以下のようになります。

「文七元結」人物相関図

「文七元結」人物相関図

登場人物の詳細は以下のようになります。

左官長兵衛さかんちょうべえ
本所割下水ほんじょわりげすい(※1)の貧乏長屋に妻と娘の三人で住む左官(壁塗り)職人。腕はいいが酒と博打に目がなくいつも借金を抱えているが、江戸っ子らしい粋でイナセな侠気に溢れている。
お兼おかね
長兵衛の女房。金にだらしない旦那のせいで気苦労が耐えず、いつも夫婦喧嘩ばかりしている。
お久おひさ
長兵衛夫婦の娘。両親がいつも金に苦労して喧嘩していることに心を痛め、両親のために自分の身を売って金を工面しようとするほど親思いな孝行娘。
お駒おこま
吉原一の遊女屋「角海老」の女将。長兵衛には仕事を依頼するなど昔からの付き合いがある。お久の孝行心に心を打たれて五十両を貸すが、期日までに返せなければお久を店に出して客の相手をさせると厳しい一面も。
文七ぶんしち
小間物屋和泉屋の手代(使用人)。身寄りがなく和泉屋に拾われて恩義に感じて仕えているが、得意先から預かった五十両を失くしてお詫びに身を投げようとしているところを長兵衛に救われる。囲碁が好きでやり始めると我を忘れてしまう。
和泉屋清兵衛いずみやせいべえ
小間物屋和泉屋の主人。身寄りのない文七を拾って手代として働かせ、いずれは店を出させようと考えている。長兵衛の侠気とお久の孝行心に心を打たれる。
大家の甚八じんぱち
長兵衛たちが住む長屋の大家。いなくなったお久を探してくれたり、夫婦喧嘩の仲裁をしてくれたりと面倒見がいい。
鳶頭の伊兵衛かしらのいへえ
町の顔役である火消しの鳶頭。清兵衛に頼まれて身請けしたお久を駕籠で長兵衛の家まで連れてくる。
角海老手代藤助かどえびてだいとうすけ
角海老の手代。お駒に言われて長兵衛を迎えにくる。長兵衛に半纏を貸す。
(※1)本所割下水とは、江戸時代に作られた排水路のことで、北割下水と南割下水があり、ここでは南割下水のことを指しているようです。付近で浮世絵師の葛飾北斎が生まれたことで有名ですが、武士と町人が交わることで様々な文化の発祥地となっていました。現在は埋め立てられて「北斎通り」と呼ばれる通りになっています。




「文七元結」のあらすじ

歌舞伎演目「人情噺文七元結」のあらすじを、2020年2月に歌舞伎座で上演された内容を元に以下に紹介します。

一幕目 第一場「本所割下水左官長兵衛内の場」

真っ暗な長兵衛の住む長屋

江戸の本所割下水ほんじょわりげすいに住む左官の長兵衛は腕のいい職人ですが、博打に目がないせいでいつも借金を抱え、年越しのための金にも困る状況です。

いつものように博打から負けて帰ってくると、なぜか家の中は真っ暗。女房のお兼を呼び出して灯りをつけさせますが、娘のお久の姿がありません。お兼は「お久は父親のだらしなさに愛想をつかして出ていったにちがいない」と騒ぎ立てますが、そこに吉原の遊郭・角海老の手代藤助が現れ、お久が角海老にいるから長兵衛に来てくれと言うのです。

これを聞いた長兵衛はお兼と無理やり着物を取替え、藤助から羽織を借りると急いで角海老に向かうのです。

一幕目 第二場吉原角海老内証の場

吉原一の遊郭・角海老

吉原遊郭の角海老では、女将のお駒と女郎たちの前で長兵衛の娘・お久が頭を垂れています。家の貧しさをみかねたお久は、自分の身を売って年越しのためのお金を貸してほしいと頼んでいるのです。

お駒に呼び出された長兵衛が店に着くと、お駒は「親のために身を売ろうという娘はいない」と言って、お久がいかに孝行者かということをこんこんと諭し、娘を預かるかわりに五十両を貸すと言うのです。

お久も博打をやめて真面目に働いてほしいと長兵衛に訴えます。これを聞いた長兵衛は心を入れ替え、酒も博打もやめて来年の三月までに五十両を返すことを誓い、お駒もそれまではお久を店には出さないことを約束します。五十両を受け取った長兵衛は、足が痺れて転びながら店を後にするのです。

二幕目 第一場「本所大川端の場」

長兵衛が文七と出会った大川端

五十両を懐に抱えて家路を急ぐ長兵衛が本所大川端の川岸に差し掛かると、川に身投げしようとしている若者を見つけます。長兵衛が身投げを止めて助けると、若者は小間物商和泉屋の手代・文七と名のり、店の得意先から預かった五十両を盗まれてしまったので死んで詫びるしかないと言うのです。

文七の身の上を聞いた長兵衛は悩みますが、死のうとする若者を見捨てることはできず、「人の命は金じゃあ買えねぇ」と言うと、心のなかでお久にわびながら懐の五十両を文七に渡して家に帰ります。文七は最初は長兵衛を信じていませんでしたが、五十両が本物であることを確認すると、長兵衛が去った後に向かって心から感謝するのでした。

二幕目 第二場 「元の長兵衛内の場」

長兵衛の家ではお兼と長兵衛が大喧嘩をしています。娘が身を売って作った五十両を見ず知らずの他人の命を助けるためにあげてしまったという長兵衛の話をお兼は信じられず、どうせ博打ですってしまったんだろうと食って掛かります。大家の甚八が間に入ってもお兼の怒りはおさまりそうにありません。
 
そこへ小間物屋の和泉屋清兵衛が文七を連れて訪ねてきます。清兵衛は長兵衛が文七の命を救ってくれたことに対するお礼と、文七が盗られたと言った五十両は実は得意先に忘れていただけだったので返しに来たとのことです。

清兵衛がお礼の品を渡そうとしますが長兵衛は頑として受け取りません。そんな長兵衛の江戸っ子としての侠気を見て清兵衛が感心しているところへ、鳶頭の伊兵衛が駕籠で誰かを連れてきました。

駕籠から出てきたのはなんとお久です。実は清兵衛はお久の孝行心を聞いて感動し、すでに角海老から五十両で身請けしていたのでした。

無事に戻ってきたのを喜ぶ長兵衛夫妻とお久ですが、さらに清兵衛はお久を文七の嫁にもらって二人には暖簾を分けて新たに店を持たせたいとのこと。

とんでもないと長兵衛は断りますが、大家の甚八が間を取り持って双方が納得し、めでたく文七とお久の縁談がまとまりました。

さっそく店を準備しようと言う清兵衛に、文七はこれまで店で束にして売っていた元結もっとい(髪を束ねるのに用いる紐)を小分けにしたものを売ってみたいと申し出ます。

長兵衛はそういう新しいものを世間は欲しがるからいいんじゃねえかと、名前を「文七元結ぶんしちもっとい」と名付けて物語は大団円となります。

(2020年2月歌舞伎座「人情噺文七元結」より)



落語「文七元結」を歌舞伎化

歌舞伎演目「人情噺文七元結」の元になったのは、落語の「文七元結」という作品です。明治の噺家である三遊亭円朝さんゆうていえんちょうが口演した落語を榎戸賢治が脚色して、“人情噺”という題名を付け加えて歌舞伎の演目としました。円朝の落語を原作とした歌舞伎作品は他にも、「怪談牡丹灯籠かいだんぼたんとうろう」「芝浜革財布しばはまのかわざいふ」「真景累ヶ淵しんけいかさねがふち」など数多くあります。

歌舞伎での初演は明治35年(1902)9月の歌舞伎座で、五代目・尾上菊五郎によるものでした。その後、六代目菊五郎がさらに洗練された作品として作り上げたものが現在に伝わっています。舞台の冒頭で真っ暗な場面で長兵衛が下手から登場するのは六代目の演出によるもので、初演時には従来の歌舞伎のように花道から登場していました。

歌舞伎化するにあたっては、新たに大家の甚八や鳶頭の伊兵衛など登場人物が増えていますが、逆に文七が長兵衛からもらった五十両を和泉屋に持って帰ったところ、盗られたと思った得意先の五十両が見つかって清兵衛に問い詰められ全てを白状する場面はカットされています。

また、大川端で身投げしようとする文七を長兵衛が助けるときの「人の命は金じゃあ買えねえ」という名台詞は、落語にはなかったものを歌舞伎化されるときに加えられたもので、迷いに迷った末の長兵衛の苦衷の決断を見事に表現する一番の見どころとなっています。

他にも、角海老で五十両を借りて帰ろうとする長兵衛の足が痺れてよろける仕草は、初演の五代目菊五郎が中風(今で言う脳血管障害の後遺症)で歩くのに不自由していたのをそのまま演出にしたとも言われています。

落語と歌舞伎でどんな違いがあるのかを確かめてみるのもいいかもしれませんね。

落語「文七元結」が楽しめるイベント「第五回 春風亭一之輔のカブメン。」が2023年11月24日に東京の観世能楽堂で開催され、10月の歌舞伎座で長兵衛を演じる中村獅童なかむらしどうも出演します。

>>「第五回 春風亭一之輔のカブメン。」の詳細はコチラ

「文七元結」といえば尾上菊五郎!

五代目尾上菊五郎の像

五代目尾上菊五郎の像

歌舞伎の「文七元結」を得意とする役者と言えば、やはり音羽屋・尾上菊五郎です。初演の五代目菊五郎から六代目菊五郎の演出を経て音羽屋の大切な演目として伝えられています。

当代の七代目菊五郎は、文七やお駒の役を経て1995年に長兵衛を初演してから13回演じ当たり役としています。酒と博打に目がないけど困っている人を見捨てられない深い人情味あふれる長兵衛を江戸の風情を感じさせながらさっぱりと演じる姿はさすがの一言です。

その息子の五代目菊之助は菊五郎・長兵衛の元で6回文七を演じており、2023年6月の博多座では初めて長兵衛を演じました。これからどんな長兵衛を演じていくのか楽しみなところです。

また、尾上菊五郎家だけでなく、六代目菊五郎から直に薫陶を受けた十七代目・中村勘三郎なかむらかんざぶろうによって、勘三郎家にとっても大事な演目として伝えられています。

「男はつらいよ」の山田洋次監督が演出

葛飾柴又の寅次郎とさくらの像
人情味あふれる日本映画といえば「男はつらいよ」が有名ですが、その監督である山田洋次によって補綴ほてつされた「文七元結」が2007年10月の新橋演舞場で公演され、その後も赤坂大歌舞伎などでいずれも十八代目勘三郎の長兵衛で上演されました。山田監督は落語好きでも知られ、中でも「“文七元結”は落語として屈指」と話すほどで、シネマ歌舞伎「人情噺文七元結」では監督を勤めています。

その山田洋次が演出する歌舞伎「文七元結物語」が2023年10月に歌舞伎座で上演されることになりました。これまでの「文七元結」から脚本・演出を一新し、お兼役には菊五郎の娘・寺島しのぶを起用するなど注目を集めています。

山田洋次監督によって新たな「文七元結」がどのように描かれるのかとても楽しみですね。

>>山田洋次演出『文七元結物語』、10月歌舞伎座で上演決定

2023年10月の歌舞伎公演情報は以下の記事を御覧ください。




「文七元結」の上演情報

歌舞伎演目「文七元結」の上演情報を以下に紹介します。
 

2023年10月 歌舞伎座

2023年10月の歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」で山田洋次による演出の「文七元結物語」が上演され、中村獅童、寺島しのぶが出演します。


 

「文七元結」のDVD

十八代目・中村勘三郎が主演し、山田洋次が監督を勤めたシネマ歌舞伎「人情噺文七元結」のDVDが発売されています。

まとめ:江戸の風情と人情を感じる演目「文七元結」

歌舞伎演目「人情噺文七元結」は、明治の人気落語を歌舞伎化したものですが、江戸の風情や人情をしみじみと感じさせる世話物の人気演目です。

現代では失われつつある家族の深い絆や、お金では買えない大切なものを教えてくれるところが、今でも続く人気の秘密かもしれません。

初演時からの尾上菊五郎家の大切な演目ですが、新たに山田洋次によって演出されるなど、これからもますます楽しめる演目になっていきそうです。

ぜひ、実際の舞台で「人情噺文七元結」を観劇してみてくださいね。

参考資料

歌舞伎演目「人情噺文七元結」の記事に関する内容は、主に以下の資料やウェブサイトを参考にさせていただきました。

【書籍】
歌舞伎ハンドブック 第3版
歌舞伎手帖
新版 あらすじで読む名作歌舞伎50選

【ウェブサイト】
歌舞伎オンザウェブ
歌舞伎美人
歌舞伎用語案内
Wikipedia
化政文化を産んだ武士と町人の交流ー本所割下水と葛飾北斎

【テレビ】
「<シネマ歌舞伎>人情噺文七元結(BS松竹)」
古典芸能への招待 歌舞伎「人情噺文七元結」「道行故郷の初雪」」(NHK Eテレ 2020年5月31日放送)

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