中村鷹之資の家系図紹介!父・富十郎の芸を受け継ぐ天王寺屋の若き歌舞伎役者の魅力とは?

初代 中村鷹之資は、切れのある踊りと明快な台詞で注目を集める、若手歌舞伎役者の一人です。
父は、亡き人間国宝・五代目 中村富十郎。天王寺屋の芸を受け継ぐ存在として期待を集める鷹之資は、父の教えを胸に、歌舞伎に真摯に向き合いながら自らの道を歩んでいます。舞台で見せる姿だけでなく、朗らかで親しみやすい素顔も魅力です。
この記事では、初代 中村鷹之資の家系図やプロフィール、これまでの歩み、父から受け継いだ教えと芸への思い、そして家族や後ろ盾、趣味から見える素顔を詳しく紹介します。
「中村鷹之資」を中心とした家系図――天王寺屋
初代 中村鷹之資を中心とした人間関係を含めた歌舞伎家系図を以下に紹介します。

初代 中村鷹之資の屋号は、天王寺屋。父は、優れた舞踊と明快な台詞で知られた人間国宝・五代目 中村富十郎。祖父は、関西歌舞伎を代表する女形として活躍した四代目 中村富十郎です。また、二代目 中村亀鶴は鷹之資の従兄弟にあたります。
妹の芳澤壱ろはは日本舞踊家として活動しています。兄・鷹之資の自主公演「翔之會」にも出演し、兄妹で舞台を共にしています。父・五代目富十郎が亡くなった後は、二代目 中村吉右衛門が鷹之資の後ろ盾となり、その成長を支えました。
歌舞伎役者「初代 中村鷹之資」プロフィール
| 📜 名跡 | 初代 中村鷹之資(なかむら たかのすけ) |
|---|---|
| 🎂 生年月日 | 平成11年(1999)4月11日 満 27 歳 |
| 🖊️ 本名 | 渡邊 大(わたなべ だい) |
| 📍 出身地 | 東京都 |
| ♈ 星座 | おひつじ座 |
| 🎓 学歴 | 幼稚園から学習院に学ぶ 令和4年(2022)3月 学習院大学 経済学部経営学科 卒業 |
| 🏮 屋号 | 天王寺屋(てんのうじや) |
| 🎴 家紋 | 【定紋】鷹の羽八ツ矢車 【替紋】杏葉桜 |
| 👶 初舞台 | 平成13年(2001)4月 歌舞伎座 父・五代目 中村富十郎の『石橋』で文珠菩薩を勤め、初代 中村大を名のり初舞台 |
| 👑 襲名歴 | 平成13年(2001)4月 初代 中村大 平成17年(2005)11月 初代 中村鷹之資 |
| 🎭 主な歌舞伎の役 |
『鞍馬山誉鷹』牛若丸 『連獅子』狂言師左近後に仔獅子の精 『三社祭』悪玉 『船弁慶』静御前/平知盛の霊 『供奴』奴鷹平 『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」涎くり与太郎/「車引」松王丸 『元禄忠臣蔵』細川内記/大石主税 『棒しばり』次郎冠者 『勧進帳』源義経/駿河次郎 『マハーバーラタ戦記』納倉王子 『刀剣乱舞』同田貫正国 『流白浪燦星』長須登美衛門 『鎌髭』悪七兵衛景清 『鳴神』鳴神上人 |
| 🏅 主な受賞歴・資格 |
平成23年(2011)12月 国立劇場奨励賞 令和元年(2019)11月 国立劇場奨励賞 令和2年(2020)11月 国立劇場奨励賞 令和6年(2024)3月 名題適任証取得 令和6年(2024)12月 十三夜会 月間賞 奨励賞 令和6年度(2024年度)芸術選奨 舞踊部門 文部科学大臣新人賞 令和8年(2026)第47回 松尾芸能賞 演劇部門 新人賞 |
| 🎧 趣味 | ダイビング、釣り、船 |
| 🛥️ 取得免許 | 船舶免許2級 特殊小型船舶免許(水上バイク) ダイビング オープンウォーターダイバー |
| 🎯 特技 | ギター |
| 🌟 愛称 | だいちゃん |
| 🍚 好きな食べ物 | いちご大福 |
| 🌸 好きな花 | 桜 |
| 🌐 公式サイト |
天王寺屋 友の會 松竹エンタテインメント 中村鷹之資プロフィール 天王寺屋 公式Instagram |
中村鷹之資の歌舞伎人生|父との初舞台から天王寺屋を担う存在へ
人間国宝・五代目 中村富十郎の長男として生まれ、幼いころから父と舞台を共にしてきた中村鷹之資。11歳で父を亡くした後も、その教えを胸に、先輩俳優から学びながら芸を磨いてきました。自主公演「翔之會」で父の当たり役に挑む一方、新作歌舞伎にも出演し、天王寺屋の芸を受け継ぐ歩みを続けています。
誕生・初舞台――人間国宝・富十郎の長男として

中村鷹之資は、1999年4月11日、五代目 中村富十郎の長男として東京に生まれました。このときの富十郎の年齢は69歳。舞踊だけでなく、時代物から世話物まで幅広い役柄を得意とした名優に、晩年授かった息子でした。
初舞台は、2001年4月の歌舞伎座。初代 中村大を名のり、父が出演する『石橋』で文珠菩薩を勤めますが、公演中に2歳の誕生日を迎えるという幼さでした。本人も後年、抱えられて舞台に出ていたため、当時の記憶はないと振り返っています。
家庭での富十郎は、世阿弥の『風姿花伝』を教育の指針とし、舞台の技術よりも、まず人として成長することを大切にしていました。鷹之資によると、父からは「早く寝なさい」「学校はちゃんと行きなさい」と言われ、「14歳になったら本格的に教えていくから」と、それまでは子どもらしく、のびのびと過ごすことを望まれていたそうです。富十郎自身も「心を伝えたいと思ったんですね。歌舞伎という伝統芸能の」と語っており、その教えは、父亡き後も鷹之資の歩みを支える土台となりました。
中村大から初代 中村鷹之資へ

2005年11月、6歳の中村大は、歌舞伎座『鞍馬山誉鷹』の牛若丸で、初代 中村鷹之資の名を披露しました。「鷹之資」は、父・富十郎が付けた名前。屋号「天王寺屋」の由来である大阪・四天王寺に鷹にまつわる言い伝えがあることと、家紋「鷹の羽八ツ矢車」にちなんでいます。
幼いころから、父の舞台を間近で見られる機会にも恵まれました。同年には、富十郎の当たり役『船弁慶』に舟子として出演。父は当時、息子に将来この演目を踊ってほしいという思いから、自分の舞台を見て、その姿を心に残してもらいたいと語っていました。
鷹之資自身は、当時は舟子の掛け声を楽しんでいたと振り返っています。それでも、幼いころに目にした父の姿は、後に自ら『船弁慶』へ挑む際の、大切な記憶となっていきます。
父と踊った『連獅子』、そして父との別れ

2009年5月27日、歌舞伎座で開かれた「五代目中村富十郎傘寿記念 第九回矢車会」で、10歳の鷹之資は父と『連獅子』を踊りました。親獅子と仔獅子の情愛を描くこの舞踊での親子共演は、二人の歩みを語るうえで欠かせない舞台です。同じ公演では『勧進帳』の源義経も勤め、弁慶を演じる父と共演しました。
しかし、2011年1月3日、富十郎は81歳で亡くなります。鷹之資はまだ11歳でした。父からは14歳になったら本格的に芝居を教えていくと聞いていたものの、その約束がかなう前に別れを迎えることになりました。
その後、鷹之資の後ろ盾となったのが、二代目 中村吉右衛門です。自身も幼くして養父を亡くした吉右衛門は、鷹之資の境遇に心を寄せ、成長を支える役目を引き受けました。2012年1月には、新橋演舞場の富十郎一周忌追善狂言『連獅子』で共演。父と踊った演目を、今度は吉右衛門と勤め、次の一歩を踏み出しました。
「翔之會」で磨く芸と、父の当たり役への挑戦
2013年、14歳の鷹之資は、自らの勉強会「翔之會」を始めました。本興行で演じる機会が限られる時期にも、その年齢で学んでおきたい演目を稽古し、観客の前で披露するための場です。父の当たり役や古典歌舞伎を中心に、実際の舞台を通して経験を積み重ねてきました。
コロナ禍による中断を経て、2022年7月には「第七回 翔之會」を開催。『供奴』と『船弁慶』という、父が得意とした二つの舞踊に挑みました。『船弁慶』では、前半の静御前と後半の平知盛の霊を勤め、尾上松緑ら先輩俳優と共演。かつて舟子として見上げた父の当たり役を、自ら踊る舞台となりました。
この公演は亡き父を思わせる舞台として観客の心に残るものとなりました。また、2020年11月の『三社祭』の悪玉や、2021年10月の『太刀盗人』の田舎者万兵衛などを通じ、踊りの力と明快な台詞が注目されるようになります。
2024年8月の「第九回 翔之會」では、同い年の狂言師・野村裕基と『二人三番叟』を共演し、尾上松緑の指導のもと『棒しばり』の次郎冠者も勤めました。この会の成果により、令和6年度の芸術選奨・舞踊部門で文部科学大臣新人賞を受賞。自ら学ぶ場をつくり続けてきた取り組みが、着実に評価された瞬間です。
新春浅草歌舞伎や新作歌舞伎へ広がる活躍

2025年1月には、若手俳優が大役に挑む「新春浅草歌舞伎」に初めて出演します。この年から中村橋之助を座頭とした座組での開催となり、新たに市川染五郎や尾上辰之助(当時・左近)も加わるフレッシュな顔ぶれの中で、鷹之資も躍動します。『絵本太功記』では、第1部で武智十次郎、第2部で佐藤正清を勤め、『棒しばり』では次郎冠者を演じています。「翔之會」で取り組んだ演目を本興行でも勤め、これまでの学びを次の舞台へつなげていきます。
同年6月の歌舞伎座では、『菅原伝授手習鑑』「車引」の松王丸に挑戦。新春浅草歌舞伎の『棒しばり』とともに、亡き父を思わせる舞台としても話題になりました。
鷹之資は伝統的な古典に取り組む一方、新作歌舞伎にも活躍の場を広げています。2023年7月、新橋演舞場で初演された新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』では、尾上松也の元で、刀剣男士の同田貫正国と松永久直の二役を担当します。
その後、同年の11月には歌舞伎座で再演された、八代目 尾上菊五郎(当時・菊之助)による新作歌舞伎『マハーバーラタ戦記』に出演し、12月には片岡愛之助が主演する新作歌舞伎『流白浪燦星』にも出演します。
2025年に『刀剣乱舞』の第二弾となる『東鑑雪魔縁』にも出演し、このときも同田貫正国と公暁の二役を勤めます。
同年10月には、節目となる「第十回 翔之會」を浅草公会堂で開催。公演のチケットは完売し、その実力と人気の高さを証明するものとなりました。
2026年1月、新橋演舞場「初春大歌舞伎」では、市川團十郎の元で、成田屋のお家芸である歌舞伎十八番『鳴神』の鳴神上人という大役に挑みます。同年3月には、第47回 松尾芸能賞の演劇部門・新人賞を受賞。「翔之會」での継続的な研鑽に加え、前年の新春浅草歌舞伎や「第十回 翔之會」で挙げた成果が高く評価されています。
さらに同年4月には、パリ・ローマ・ケルンを巡る欧州公演「MEET KABUKI」に出演。女方の化粧や衣裳の着付けを観客の前で実演する「女方ができるまで」と、映画『国宝』の中でも演じられた『藤娘』を披露し、海外にも歌舞伎の魅力を伝えています。
父が得意とした芸を学び、若手同士の舞台や新作にも挑む鷹之資。その歩みには、多くの先輩や名人から学び、芸の幅を広げてきた富十郎の姿勢も重なります。父から受け取った教えを、自らの経験と表現へ育てながら、天王寺屋を担う存在として舞台を重ねています。
中村鷹之資の魅力とは?父の教えと『船弁慶』への思い
父・富十郎譲りの踊りや台詞に加え、能の稽古や新作歌舞伎への挑戦を通して、芸の幅を広げている中村鷹之資。父から受け継いだ教えや舞台への思い、趣味から見える素顔を通して、その魅力を紹介します。
父・富十郎から受け継いだ教えが開花

歌舞伎役者・中村鷹之資の魅力と言えば、真っ先に思い浮かぶのが、父・五代目 中村富十郎譲りの切れのある踊りと、明快でよく通るセリフ廻しです。
同じ若手の中でも踊る場面ではひときわ目を引く存在感があり、遠い席までしっかりと届く声量が評価されています。幼い時に受けた父からの教えをしっかりと守ってきたことが、確実に開花してきたのではないでしょうか。
実際に父・富十郎を知る人物たちから鷹之資は以下のような評価を得ています。
富十郎は『風姿花伝』にならい「鷹之資が14歳になったら本格的に芸を教える」つもりでしたが、その前に亡くなってしまいます。しかし、その父の教えを守るかのように、鷹之資は14歳から自主公演の勉強会「翔之會」を始めます。最初は母や周りの人たちにお膳立てをしてもらいましたが、自主公演を始めたことで、舞台の裏側や運営の仕方について学ぶことができ、大変だったけど貴重な経験になっていると語っています。
そんな鷹之資が最も意識している演目が、父の当たり役『船弁慶』です。幼いころに舟子として父と共演した際、富十郎から将来この演目を踊ってほしいと願いを託され、幼い鷹之資も「うん」と答えています。初めて『船弁慶』を演じることになったときに、稽古で行き詰まってしまいますが、父の舞台映像を見返したときに、何十年もかけて磨かれた芸と、その中に詰まった父の人生を感じて、涙が止まらなくなったそうです。
父の姿を追いながら、自分自身の表現も探し続ける鷹之資は、「七十歳、八十歳になった時に、自分の『船弁慶』を踊れるように、一生かけて演じていきたいです」とも語っています。
父譲りの芸と、自ら積み重ねてきた経験を大切にしながら、自分の『船弁慶』を目指す中村鷹之資。年齢を重ねるごとに、その踊りにどんな深みが加わっていくのか。これからの舞台が注目されます。
能の稽古で技を培い、新作歌舞伎にも挑む

鷹之資は父の勧めで幼いころから、観世流の能楽師・片山幽雪に仕舞を習い、幽雪の没後は、その長男・片山九郎右衛門に師事しています。能の稽古では足の運びや体の軸を鍛えるとともに、能や狂言をもとにした歌舞伎の演目について、元の作品を知ることで、歌舞伎ならではの魅力や見せ方を学んできました。
『船弁慶』の平知盛の霊についても、九郎右衛門から、ただ力強く演じるのではなく、海に沈んだ平家の人々を背後に感じさせる「陰の迫力」が必要だと教わっています。動きの技術だけでなく、人物の背景や内面をどう表現するかも、能の師から学んでいるのです。
さらに古典から学ぶだけでなく、鷹之資は新作歌舞伎『刀剣乱舞』への出演によって、一から作品を創り上げる楽しさと難しさを知るという貴重な経験をしています。「一から創っていく新作歌舞伎にかかわらせていただくのは、ほぼ初めてでしたので、新作歌舞伎を創る楽しさと難しさを感じました」と振り返り、プレッシャーを感じながらも、新たなやり方で芝居を組み立てていく面白さを語っています。
また、この作品をきっかけに、新たな観客が歌舞伎に足を運ぶようになったことも実感したそうです。鷹之資自身が「ボクにとって大きなターニングポイントになった作品です」と語るように、『刀剣乱舞』は、創作の経験と新たな観客との出会いをもたらした舞台となりました。
その後も『マハーバーラタ戦記』、『流白浪燦星』と立て続けに新作歌舞伎に出演します。これからも新作歌舞伎での鷹之資の活躍する姿が増えるかもしれませんね。

意外な趣味から見える鷹之資の素顔は?

人間国宝でもある父・富十郎からは「舞台の前に礼儀正しくちゃんとした人間になれ」と教えられてきた鷹之資。まわりからは真面目なちょっと固いイメージを持たれているようです。
中村橋之助のラジオ番組に出演した時に、橋之助からは「家では作務衣を着てろくろを回しているイメージ」と言われ、本人も現代劇『有頂天家族』のちょっと軽い主人公・矢三郎を演じたときに、観劇したお客さんから「普段の真面目な感じとちがう」と言われたと明かしています。
また、仲が良く一緒に遊びに行くこともある尾上辰之助からは、「鷹之資さんはプライベートを見せてくれない」と言われたり、なかなか素顔を見せないところがあるようです。
しかし鷹之資自身は「普段はちゃらちゃらしてる」そうで、『徹子の部屋』に共に出演した橋之助からは「子供の時からはつらつとしてる鷹之資は『いつもニコニコ海男』」というキャッチコピーをつけられたりと、素顔は明るく、親しみやすい人柄のようですね。
そんな鷹之資の趣味は、『海男』と呼ばれるように、釣りやマリンスポーツなど海に関することです。父が海好きだったこともあり、小さい時から家族で海に行くことが多く、それで好きになっていたのだとか。好きが高じて18歳で船舶免許2級を取得するほどに。
尾上松也のテレビ番組『松也Pの○○○』では、松也と尾上右近を乗せたモーターボートで東京湾を颯爽とクルージングする姿を見せています。
他にもギターが好きで、アルペジオで弾くことができるという鷹之資。
さらに2026年8月には、なんとアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(標高5,895m)への登頂に成功しています。
しかも、それまで本格的な登山経験はなく、テント泊も未経験。知人から誘われたことをきっかけに、わずか1か月ほどの準備で挑戦したというから驚きですね。
海に山に音楽にと、実に多趣味で行動派の鷹之資。まだまだ知られざる趣味や特技が隠されているのかもしれませんね!
動画シリーズ『伝説の朝ごはん』では、鷹之資が朝食のこだわりを紹介しています。舞台とは違う、鷹之資の普段の姿は必見です!👇
中村鷹之資の家族は?父・母・妹と芸のつながり
父・五代目 中村富十郎――天王寺屋の芸を築いた人間国宝
父の五代目 中村富十郎は、切れのある踊りと明快な台詞で知られた歌舞伎の名優です。四代目 中村富十郎と日本舞踊家・初代 吾妻徳穂の長男として生まれ、時代物・世話物・所作事と幅広い分野で活躍。『京鹿子娘道成寺』『船弁慶』『連獅子』などを得意とし、1994年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
その芸の幅広さを支えたのは、多くの先輩や名人から学ぶ姿勢でした。富十郎の生前、二代目 尾上松緑のもとでともに修行したという俳優・高橋英樹は、富十郎が先輩の芸を学び取ることに真剣だったと振り返り、二代目 松緑も、自分が良いと思っているところを巧みに取り入れる富十郎の力に感心していたと紹介しています。また、人柄についても「本当にきさくな方」と語り、新幹線で遠くにいる高橋を見つけると、わざわざ走って挨拶に来てくれたというエピソードを明かしています。鷹之資も、家庭での父は明るく、情熱と希望にあふれ、兄妹に深い愛情を注いでくれたと振り返っています。
富十郎は世阿弥の『風姿花伝』を自らの指針とし、鷹之資の教育でも、技術を教える前に人としての土台を育てることを大切にしていました。役者として舞台に立つ前に、礼儀正しく一人前の人間になってほしいと願っていたそうです。14歳になったら本格的に芸を教え、それまでは子どもらしく、のびのびと過ごしてほしいと考えていました。
しかし、2011年1月3日、富十郎は81歳で亡くなり、当時11歳だった鷹之資に本格的な指導をするという約束はかないませんでした。それでも、富十郎が「技術より先に植え付けたい」「心を伝えたいと思ったんですね。歌舞伎という伝統芸能の」と語った思いは、息子の中に受け継がれています。鷹之資も、父の教えが今の自分を形づくるうえで大きな支えになったと振り返り、父にならって幅広く学びながら、さまざまな役に挑戦しています。
母と妹――父の思いを受け継ぎ、兄妹の芸を支える家族
母は元女優の久邇瑳代子さん。富十郎とは舞台『鬼平犯科帳』での共演が縁とされ、1996年1月に結婚しました。富十郎にとっては再婚で、当時、富十郎は66歳、瑳代子さんは33歳。33歳差の夫婦でした。富十郎の亡き後も、その教えを守りながら鷹之資と妹を支えてきました。富十郎は生前、子どもたちが芸を勉強できる場をつくるよう母に伝えていたそうで、その思いは自主公演「翔之會」へとつながっています。
妹の渡邊愛子は、日本舞踊家として活動しています。2024年9月には初代 芳澤壱ろはを襲名し、日本舞踊の道を本格的に歩み始めました。兄の「翔之會」にも出演し、兄妹で舞台を共にしています。歌舞伎と日本舞踊、それぞれの道に進みながら、父から受け継いだ芸への思いを大切にしています。
二代目 中村吉右衛門――父亡き後の後ろ盾
11歳で父を亡くした鷹之資の後ろ盾となったのが、二代目 中村吉右衛門です。富十郎の四十九日を過ぎたころに後ろ盾の話を受け、自身も10歳で養父・初代 中村吉右衛門を亡くした経験から、鷹之資の境遇に心を寄せました。そして、いつか富十郎を襲名できるようになるまで支えたいと、その役目を引き受けています。
2012年1月、新橋演舞場で上演された富十郎一周忌追善狂言『連獅子』では、吉右衛門が親獅子、鷹之資が仔獅子を勤めました。吉右衛門はこの共演について、「親子の情愛を大切に、天王寺屋のお兄さんの気持ちになって勤めさせていただきます」と語り、さらに「私はあくまで引き立て役になろうと思っております」と、鷹之資を支える思いを明かしています。
吉右衛門が願ったのは、鷹之資が父のように幅広い役をこなし、その一つひとつで優れた芸を見せる役者になることでした。富十郎が影響を受けた六代目 菊五郎の芸にも学ぶよう勧めるなど、天王寺屋の芸を受け継ぐ鷹之資の成長の大きな支えとなっていました。
そんな吉右衛門も、2021年11月に77歳で亡くなりましたが、父を失い、歌舞伎の道を歩み続ける鷹之資にとって、後ろ盾を引き受けてくれた吉右衛門の存在は、若い時期を乗り越えていくうえで大きな支えだったことでしょう。
中村鷹之資の目指す歌舞伎とは?
中村鷹之資がどのような歌舞伎役者を目指しているのか? 本人はインタビュー記事の中で、
とはっきり語っています。
実際に幼いころに父から受けた教えと、父の勧めで始めた能の稽古を土台に、自らの歌舞伎の芸を磨いているのです。
また同時に、
とも語っているように、14歳から開催している自主公演の「翔之會」はすでに10回を重ね、新作歌舞伎や海外公演、現代劇に加え、山田洋次監督の映画『家族はつらいよ』などにも出演し、「自分が目指す歌舞伎とは何か」その答えを常に模索しているようです。
しかし、鷹之資は父が得意とした『勧進帳』の弁慶や『すし屋』のいがみの権太、天王寺屋の家の芸である『京鹿子娘道成寺』『春興鏡獅子』などにも、いつか挑みたいと語っています。父の幅広い芸を受け継ごうとする中でも、
と語るように、父が生涯をかけて情熱を注いだ『船弁慶』に対する思いは一入です。
自らの人生を重ねながら、父の『船弁慶』から自分の『船弁慶』へ。父の思いを受け継ぎ、自分の芸を育てながら、六代目 富十郎として舞台に立つ未来へ向けた航海は、まだ始まったばかりです。
中村鷹之資の出演情報
中村鷹之資の出演情報を紹介します。
2026年10月 歌舞伎出演情報
2026年10月の【京都南座】に中村鷹之資が出演します。 詳しくは以下の記事をご覧ください。
2026年11月 歌舞伎出演情報
2026年11月の【歌舞伎座】に中村鷹之資が出演します。 詳しくは以下の記事をご覧ください。
天王寺屋の未来を担う中村鷹之資に注目!
中村鷹之資は、父・富十郎から受け継いだ教えを大切にしながら、自分自身の芸を育て続ける若手歌舞伎役者です。
父譲りの踊りや台詞を磨き、古典から新作、現代劇までさまざまな舞台に挑む一方、舞台を離れると、釣りやマリンスポーツを楽しむ親しみやすい素顔も見せています。
六代目 中村富十郎の襲名を目標に、天王寺屋の芸を受け継ぎながら、どのような自分の歌舞伎を築いていくのか。これからの成長と、その舞台で見せる姿が楽しみですね。
参考資料
【書籍📚】
「かぶき手帖」
「ほうおう 2021年11月号、2023年3月号」
「刀剣乱舞 東鑑雪魔縁 筋書」
「2025新春浅草歌舞伎 筋書」
【ウェブサイト🌐】
「歌舞伎美人」
「歌舞伎オンザウェブ」
「天王寺屋 友の會」
「松竹エンタテインメント 中村鷹之資プロフィール」
「ニッポンドットコム|中村鷹之資インタビュー」
「SPICE|父・富十郎が愛した『船弁慶』に挑む」
「SPICE|新作歌舞伎で痛感した古典の大切さ」
「SPICE|第十回「翔之會」インタビュー」
「きものと|富十郎夫人・渡邊正恵さん、妹・渡邊愛子さんインタビュー」
【テレビ・動画📺】
「新・にっぽんの芸能 蔵出し!名舞台 五世 中村富十郎(NHK・2022年4月29日放送)」
「松也Pの○○○(BS 松竹東急・2023年7月放送)」
「徹子の部屋(テレ朝・2025年1月8日放送)」
「芸能きわみ堂 新春スペシャル(NHK・2026年1月1日放送)」
【ラジオ📻️】
「中村橋之助 ぶっ返りNIGHT」











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